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「じゃあ、茉莉花姐さんとはなにを話したの?」
話すことなんてなかったでしょ、と、若葉が言外に匂わせても、男は不快感をにじませもしなかった。
「いろいろ、話してくれました。俺は、聞いていただけで。」
若葉の知る限り、茉莉花は口数の少ない方ではないが、ほぼ初対面の男相手にぺらぺらと口を利くような女でもなかった。だから、男の言うことは信じられなかった。けれど、頭の片隅で、たしかに、と思いもしたのだ。たしかにこの男になら、茉莉花は話をしたかもしれない。この、世界のなににも興味を持っていなそうな男にならば。
「……たとえば?」
「今のバーに来る前の話だとか、生い立ちみたいなことも。」
そのどちらも、若葉が聞いたことのない話だった。尋ねたことはある。若葉は茉莉花のことならば、なんでも知りたかった。ここに来る前はなにしてたの? なんで踊り子になったの? 無邪気なふりをして何度か尋ねたけれど、茉莉花はいつも、笑うだけだった。
「……うそ。」
零れ落ちるように若葉が呻くと、男は軽く首を傾げた。
「嘘では、ないです。」
ごく、小さな声と、短い言葉。若葉は、いやいやするみたいに首を振った。男は、それでも表情を変えず、面倒くさそうな態度をすることもなく、深い泉みたいな目で若葉を見ていた。その目を見返すこともできず、若葉は深く息をついた。少しでも声を出したら、涙も一緒に零れ落ちそうだった。それでも何とか絞り出した声は、震えていた。
「姐さんの舞台を、たまたま見たの。自分はレズビアンだって、ずっと前から気が付いてたけど、知らないふりして男と付き合ってた。その男に、あのバーに連れてかれたの。そこで、姐さんを見た。」
自分の声が震えているのが、わずらわしかった。同情を引こうとしているみたいで、若葉の趣味ではなかった。それでも、言葉が勝手に震えながら唇から零れ落ちて来た。
「……姐さん、きれいだった。ああ、私は女が好きなんだって、はじめて認めたよ。男とは、その場で別れた。舞台が終わってすぐに、ここで働かせてくれってオーナーに談判して、踊り子になった。家族からは、勘当されたよ。固い家だったんだ。両親教師で、兄貴は警察官。」
それでも、そこまでしても、全く振り向いてくれなかった茉莉花。恨みはない。恨む筋合もない。勝手に好きになって、勝手に追いかけて、勝手に諦めきれずにもがいているだけだ。
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