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若葉は自分の瞼裏にはっきりと思い浮かぶ、家族の顔に内心で驚いた。忘れたつもりだった。捨てられたし、捨てた。踊り子になる、という決断をした日に。
大学に通いながらアルバイトでストリッパーをする、という選択肢もあったとは思う。でも、その半端さを若葉は自分に許せなかった。大学を辞めたい。辞めて、ストリッパーで食っていく。そう告げたときの両親は、若葉がなにかの冗談でも言っていると思ったのだろう、笑っていた。そして、若葉が本気だと食い下がれば食い下がるほど、両親の笑みは深まった。母は、声を立てて笑いさえした。認めたくなかったのだろう、自分たちが丹精を込めて育てた娘が、きっちりと敷き詰めたレールの上を外れていこうとしていることを。
しびれを切らした若葉が、荷物をまとめて家を出ていく素振りを見せると、ようやく父母は若葉の本気を認めた。そして、なんとか娘を説得しようとした。そのとき若葉は、はじめて自分がレズビアンであることを親に打ち明けた。どうしても好きなひとができた、そのひとの側に行きたい、だから、踊り子になる、と。
最後の最後に、玄関の外まで泣きながら若葉を追ってきた母親は、感に堪えない、といった様子で、汚い、と吐き出した。
「……母親には、汚いって言われたよ、はじめてきれいになれた気が、してたのにね。」
これまで誰にも、オーナーにも茉莉花にも話したことのない内容だった。目の前の男は、大人しくしていた。時々口に緑茶のマグカップを運ぶ以外は、動くこともなく。
「それから今まで、会ったことない。家族には。バーに住み込みで働いてる。家、見たいなって思うとき、たまにある。かぶりつきで見てるおっさんが、やたらと身体触ってきた夜とかね。でも、見てない。」
若葉はビールを飲み干し、長い息を吐いた。そこに涙の色が含まれていることに気が付いて、照れ笑いが漏れた。男は、笑い返してもこなかった。無感情、という感じではない。茉莉花の話をしているときだけではあるけれど、男の目は燃える。
「変なひと、あんた。」
照れ笑いをひっこめきれないまま若葉が言うと、男はちょっと首を傾げた。
「そうですかね。」
「そうだよ。」
茉莉花姐さんの話してるときだけ、目が違うしね。
若葉が男の反応を伺いながらそう言うと、男はまた首を傾げた。そしてそれから、微かに笑った。
「それは、そうでしょうね。」
空は青いとか、大地は広いとか、そんな、ごく当たり前のことを言われたみたいに。
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