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「だから僕だけのものにしてさしあげたいんです。誰にも見せられないように。――ね?」
目の前の男――恋人――は、下肢をひん剥いた俺のそばでグラスに消毒用エタノールをなみなみと注いだ。その中に大きな針を浸している。
続いて何かの薬らしいチューブに綿棒、それとリング状のピアスを取り出した。
俺はお前のネクタイで手首を拘束されていて、これから行われるであろう行為に薄ら寒気が走る。
「マジでやめろ。誰にも見せない」
「やめません」
お前は綿棒を掴むと、その先端にチューブの口からジェル状の何かを塗りつけ、俺の陰茎をぐっと握りしめる。
親指と人差し指で先端を押し開かれ、尿道が横に引き伸ばされた。綿棒の先がその小さな孔にあてがわれる。ひやりとした感触に怖気が走った。
孔が潰されるような圧迫感、そして次の瞬間に訪れる尿道に刺し込む激しい痛み。
「すごく狭いですね」
「痛てぇから動かすなって」
綿棒はゆっくり回転しながらジェルのぬめりを借りて小さな粘膜の孔をこじ開け奥へ進む。お前は綿棒を尿道に差し込んだまま指を離した。
「オイ、抜け」
「これは表面麻酔だからすぐに痛くなくなりますからね?」
ぴんっと刺さったままの綿棒を爪弾かれて、腰がびくっと跳ねる。
「キミがこんな場所を剥き出しにして人前で用を足していると思うだけで嫉妬で頭がおかしくなりそうなんです」
ぎこちない動きで起き上がろうとすると、お前は綿棒の端を掴んだ。性器がまるで勃起しているみたいに天を向き、ゆっくり引き抜かれていく。ぷつんと綿棒が抜けるとがくりと腰が落ちる。
消毒していたグラスの中から針を取り出し、今度は軟膏らしきものがそれに塗られた。
陰茎を握り込まれ腰が勝手に逃げを打とうとすると「暴れると、中が傷だらけになりますよ?」とゾッとするような微笑みが向けられて。
針を紅い尿道の孔へと、鋭い切っ先が寄せられるが――それ以上見ていられなくて思わず目を閉じて、息を止める。
刹那――。
灼けるような痛みが敏感な器官に炸裂した。熱い痛みがゆっくりじわじわと押し進められる。
「っ……ぃ……って」
(麻酔意味ないだろ!)
身体を引き攣らせる俺の上半身を、お前は優しい仕草で起こした。肩に腕が回され、細身のくせにしっかりとした胸元に抱き寄せられる。
「ねぇ、見てみてください」
怖々と自分の下肢を見た俺は激しく息を飲む。
お前に握り支えられた性器の先には針が刺さったままになっていた。尿道から入ったそれは、亀頭の裏側へと貫通している。
「まだニードルを刺しただけです。これからピアス孔を拡張して、それからリングをつけます」
ショックに呆然としたのも束の間、お前は俺の顎を掴んで上向かせ、唇を塞いできた。
熱い舌で咥内を啜られ、蹂躙される。けれども気付けば俺も舌を差し出していた。互いの境目がなくなった口腔内で煮えたぎるような熱がもつれ合う。
(愛情歪んでるが……まぁ、許してやるか)
なんて考えてしまうのは、激しく睦み合う唇から伝播するお前の深い独占欲を心地いいと思ってしまったからだらうか。
キスは深い。
互いを侵略し合い、どちらがこの攻防戦を制するか――ただそれだけに夢中になる。終わることの無い口付けは、もはや意地だ。放してやるつもりはない。俺も。
熱く潤んだ口腔を貪り合う行為に溺れる。
ニードルに刺し貫かれた場所から溢れた血液が、紅い糸を縒りながら性器を伝うのを感じながら。
顎からも唾液の糸は伝い、口接に夢中になる。痛みはどこかへ飛んでいた。ただ身体を支配するのは口淫にも似た深いキスだけ。
互いの熱だけがすべてだ。
「愛しています」
お前のそんな言葉で、結局俺は何もかも許してしまう。
「ああ、俺も愛してるから心配するな。こんなピアスなんかなくてもお前しか見てない。――わからないか?」
再びぶつかり合う唇は、互いを食み合うような、犬歯をぶつけ合うような、情動を抑えがたく呼吸すら奪うものだ。
口唇の熱は次第に全身に拡散され、ニードルがぶっ刺さって血液が流れる下肢に劣情が集まる。情欲が天を仰ぎ始めたタイミングで、お前は戯れのようにニードルを揺すった。
「痛いですか?」
「いいからこっち集中しろ」
言って、俺はまたお前の唇をさらう。
お前が俺の身体のたった一部を独占したいというのなら、俺はお前の身体中の熱を独占したい。
(これも歪んだ愛情だろうか)
歪でもいい。
それが俺たちだと思うから。
融けるようなキスは際限を知らない。
これから付けられるお前からのピアスと、いま送っている俺からの熱はどちらの愛が重いだろうな。
どちらでも構わないが。
END
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