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その田舎町には母さんの病気の療養のためにやって来ました。
山と海と綺麗な空気。そのどれもが欠けることなく揃っていた町は、しかしどこかうら寂れた感じがしたのでした。
母さんの入院手続きが済んだ後、父さんはぐるり、車で町を一周してくれました。
言ってしまえば、わずかな時間で巡ってしまえる程、小さな町だったのです。
母さんの為とはいえ、学校を変わらなくてはならなかったのは僕には辛いことでした。
けれど、妹のセツは違いました。
心の中、町のあらさがしをしている僕の横で、目を耀かせながら車窓から流れていく景色を眺めていました。
「父さん、あれはなぁに?」
セツがそう言って尋ねたのは町の中心部を少し抜けた頃でした。
白い花の生垣にぐるりと囲まれたその白亜のお屋敷をセツは「お姫様の住むお城みたい」と称しました。
父さんは笑いながら「全く見事な生垣だね。手入れするのも一苦労だろう。きっと、この辺りの地主さんのお宅じゃないかい?」と言いました。
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