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「姉ちゃん、俺をひでえ男と思ってんのやろ」
布団から出て安物のトレーナーを被る間も指先は震えていたし、冷たいままだった。タバコに火をつけて煙を吐き出したおじさんの言葉は無視して服を着替える。
おじさんのタバコは不快感が強い。ケンちゃんもタバコを吸うし、職場のパートさんにも喫煙者はいる。タバコは体に悪いものだと教えているかのように、このおじさんのタバコは私の嗅覚に毒しか与えない。
「俺はな、優しいのよこう見えて。待ってやるし、約束を破っても許してやる」
「……」
「だがなあ、逃げたら容赦しねえんだわ。俺は蛇じゃけえの」
正面からはしっぽしか見えないけれど、おじさんは、胸から背中へ両肩を潜るように、二匹の蛇の刺青がある。
この刺青もそうだ。ただただ気持ち悪い。出来れば見たくない。だけど、ポテトサラダのお兄さんの両腕に描かれた刺青は、絵というかアートと呼ぶ方がただしい気がする。最初は怖かったけど、無性に見たくなるのだ。だから長袖で隠れてしまう冬が勿体無いとも思う。
私は刺青のことはなにも知らないけれど、宗派とか、そういうのがあるのかもしれない。
「しかしこの部屋はさみいな〜。凍死するわ」
「すみません、今月電気代がやばくて」
じゃあ、来なければ良いのに……。
ケンちゃんはおじさんが家を出るのを見送るのを横目に私はお風呂へ急いだ。電気代がきついのは本当だ。ガス代も馬鹿にならないから、既に一度浴びているシャワーは温水を我慢して冷水で身体を洗い流した。背中が針で刺されたみたいに冷たくて、けれども、そのうち痛みに慣れてしまった。
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