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たまに陥るこの状況は最近始まったことじゃない。だから私はケンちゃんのこの様子に、大丈夫じゃないやつだってわかってしまった。
カタカタと肩が震えた。さっきまで確かにポカポカと温もりを感じていたのに、突然寒くなった。
私は顔を上げることも出来ずに俯いた。古びた畳が軋んだ。背後でケンちゃんがいつもの戸棚を開けるのを音で感じた。
ケンちゃんとは四年付き合っていて、付き合ってすぐに同棲を始めた。ケンちゃんは優しい。付き合った当初、住むところもなく働くところもなく、居場所のない私に何も言わず、「じゃあ、一緒に住む?」と言ってくれた人だ。
自分のテリトリーの内側に置いてくれる人だ。優しい人だ。
四年前からケンちゃんは私の世界の一部になった。
だからこれは、私の世界に降りかかる火の粉。
熱くない、冷たい火の粉。
「居てんのやろ、おい〜、居留守使うなやあ!!」
ドスの効いた声がドアの向こうから聞こえた。指の震えがいっとう止まらない。
今日は胃にポテトサラダを落とすんだって幸せだったのに、胃に蓋がされてしまったみたいに食欲が一気に無くなった。
寒い。 怖い。嫌だ。──気持ち悪い。
「あお」
恫喝と扉を叩く音に紛れ、ケンちゃんの優しい声が届いた。ゆっくりと顔を上げた。さっきまで合わなかった視線はすんなりと合わさると、心配そうに私を見つめるケンちゃんのまなざしと出会う。
今日もかっこよくて、優しくて……大好きなケンちゃんによって。
「怖いなら……今日は、帰ってもらおうか」
私という人間は、ゆるやかに殺されている。
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