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『仕事なのに……』17
薄暗い路地を右に曲がり、唯一明るいネオン通りに進入した。目指す蕎麦屋が残り二十メートルの場所に位置する。目を細めて確認をすると、一・〇の視力を示す文字の大きさで、赤提灯がうっすらと浮かんでいた。
もうすぐだ。
蕎麦屋に顔を覗かせれば温かい声が僕達を迎えてくれる。
「お母さん来たよ」
「いらっしゃい!」
笑顔と言葉を交わし合う。
仕事に追われた日にこそ会いに行けば、忙中の心を癒してくれる母がそこにいる。明日の息吹を取り戻させてくれるふれあいがそこにある。
蕎麦屋はまさに、三途の川を渡ったあとの『天国』と呼ぶにふさわしい。
今日のフィナーレを飾るにはうってつけのお店だ。
終着港にはいつもと変わらない赤提灯が、大海原に戸惑う船の道しるべとして灯されていた。
夢先案内人として歩く僕が友に振り返り、「すぐそこだから」指をさして正面に顔を戻すと、塊が一つ、ゆっくりとこちらに向かって来る。興味深く目を向けた。塊がアメーバみたいに広がってはまたくっついてと、五メートルの道幅を蛇行している。どうやら三人が塊っているらしい。一人の男が塊から離れてこちらへ向かって来る。背が高く体格も良さそうだ。酔っぱらった二人の軌道が右方向へ流れた。スナックになだれ込む勢いで突き進む。スナックの門灯が二人の側面をおぼろげに映し出した。女が扉にぶつかりそうになる。か細い男が身を挺して扉にぶつかり、女の身を守った。鈍い音が響き、動きが制止した。突如、女の笑い声が響いた。か細い男が一瞬うずくまり、ゆっくり立ち上がる。
「おい、大丈夫か?」
大男が心配して声をかける。二人が再び歩き出した。女がか細い男の両肩を鷲掴みにしてついて行く。大男は二人と一定の距離を保ちながら帰り道を先導していた。
たぶん二人に対して気の利かない下世話な男と思われるのがいやなのだろう。
大男が立ち止まって振り返り、また歩き始める。定まらない歩調からは、先に帰るべきか、待ってやるべきか、大男の葛藤がうかがえた。
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