『仕事なのに……』24

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『仕事なのに……』24

お店には客が一人もいなかった。カウンターの中には二十代前半の若い女が一人いた。どうやら、女はこの店のママさんらしい。店内は他のスナックと比べ、より一層照明を落とし、暗さを強調させていた。  若い女が目の前のカウンターに、グラス、氷、ミネラルウオーターと灰皿などを手際よく並べ、最後に飲みかけのお店のボトルを四人の中央へ置いた。水割りを頭の数だけ作っていく。六人の用意が済むと乾杯をし、女が小山の前に立った。胸元の白い肌が見える服装は、(つや)やかで魅了する色気を感じさせ、四人の目を引きつけた。  女は会話となれば飽きさせず、間を空けず、たまに冗談を入れ、笑いをとりながらその場の快い雰囲気を繋ぎ止めていく。カラオケを歌えば、男心をくすぐる歌詞のところで小山と国木を交互に見つめ、あなたに伝えているんだという素振りを見せる。「今のは俺のこと」二人が好意を示し、女の気を引くため、必死になって競い合っている。二人の満足感は頂点に達し、そこはすでに『楽園』と化した。棚の上に置き忘れられている存在の僕は、焦りを感じながらも女の魅力に少しずつ引き込まれていった。なにより女のパッチリとした大きめの目で見つめられると一瞬で引き込まれそうになるほど魅力的だ。まるで縛り付けられるような、金縛りにあったような、不動の(たたず)まいにされるほどゾクッとする。  女は、自分に興味がないと感じた田中には若い女をつかせていた。それにしてもこの雰囲気は楽しかった。ほど良く飲んでお店の雰囲気に慣れてくると、話題が世間話から身内話へと移り変わった。女がそれぞれに質問を繰り返し、簡単な自己紹介を聞き取っていく。話の途中で僕達の性格やニックネームに興味を持ち、今の生活ぶりについて訊ねてきた。
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