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濡れた床には、割れた花瓶と花が散らばっていた。
ジゼルはしゃがみこんで、散ってしまった花びらを眺めていた。
すると、飛び散った花瓶のかけらが一点に集まっていく。まるで時間を巻き戻したように集結し、床のうえには割れる前のもとの花瓶に戻っていった。こぼれた水も、倒れた花も、同じように巻き戻されて、花瓶に収まった。散った花びらももとの場所へ戻っていた。
ジゼルが振り向くと、奥から戻って来たアンセムが立っていた。
「直しといた」
銀髪の青年の言葉に、店主は元通りになった花瓶を抱えて立ち上がる。
「ありがとう」
アンセムの手には赤い本があった。
店の奥にあるソファではリトが眠っている。ジゼルは声を押さえて尋ねた。
「一体、何が起こった?」
「この本に仕掛けてあった古代魔法が作動したんだよ。彼女が起動呪文を唱えたんだ」
赤い本に忌々しそうな視線を向けて、アンセムは表情をしかめた。
「思えば、本棚にあった時点で彼女にはこの本が別の見え方をしていたのかも知れない」
そして今度は彼が店主に尋ねた。
「どうなってんの?」
「いまのは隠されたものを暴く古代魔法だ。術者の能力が高ければ高いほど、より秘匿性の高いものを見ることができる。彼女には魔法の素質や知識があるし、母親と祖母も魔法使いだと聞いたことがある。なにかしら歯車がかみ合ってしまって発動まで至ったのかも」
ジゼルは眉間にしわをよせて見解をのべた。信じられないという驚きが表情からうかがえる。
アンセムは「ふーん」と鼻を鳴らした。本を掲げて眺めてみる。
「本当に人間っていうのは神秘なるものを暴きたがる。そのくせ直視すると壊れてしまう」
笑みを含んだ言葉だったが、本へ向けられる視線は氷のように冷たかった。
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