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ジゼルは何も言わずアンセムから顔を背けた。 「あの子供だって、ジゼルが花瓶を割って気を逸らさなければ発狂していた。挨拶する暇もないのに仲良くなんかできないよ」 ふわりと、銀髪が揺れる。 赤い本に火がともる。炎は紙を焦がして、表紙を舐めながら大きくなっていく。 燃え上がる本を手にアンセムは静かに笑っていた。 「知らなくていい」 紅蓮に包まれた本を手放す。それは空中でひときわ火力を増して、床に落ちる前には燃え尽きていた。灰のかけらも残らない。かすかに焦げた臭いだけが漂っていた。 アンセムはジゼルのほうへ向き直る。 目を細めて笑みを浮かべたアンセムの頭の上には白い光の光輪が現れていた。 神々しく、物々しく、神秘の輝き。畏怖と神聖が内包されたまばゆい後光。 「神秘に触れることを許されたのは、ぼくをこの世界に招いてくれたきみだけだから」 人の形を真似た人外が笑っている。 あたりの温度がいくらか下がったように思えた。冷たい空気が肌を撫でる。 「……最近気が付いたけど」 ジゼルが呟く。アンセムは笑みを深めて先をうながした。 「それって呪いっていうんじゃないの?」 「祝福だよ」 外で風が吹いた。木々が葉を揺らす音が、遠くに聞こえる喧騒のようだった。レースカーテンを閉めた窓辺から夕暮れの光がはいってくる。床に出来た陽だまりで木々の影が揺れている。 「好奇心の先にあるのが破滅だとわかっていても止まれなかった、愚かな古代の魔法使いにはぴったりじゃない?」 笑みを浮かべたアンセムの言葉に、ジゼルは少しのあいだ黙り込んだ。 そして、大きくため息をついた。くるりと踵を返して店先へと歩き出しながら、 「今日の夕ご飯、ひとりで食べれば」 そう短く投げ捨てた。 アンセムから余裕の笑顔が消える。あわせて、頭上の光輪もほろほろと消えていく。 「ごめんって! 言い過ぎた。ごめんってばジゼル!」 銀髪の青年が、店主の後ろ姿を追いかける。
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