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「アンセム」
店主がゆっくりとその名を呼ぶ。その声に勢いや鋭さはなかったが、何かを押し留めようとするような強さがあった。
銀髪の青年から冷笑が消える。悪戯をたしなめられた子供のように肩を竦めた。
「意地悪なこと聞いたから怒られちゃった」
そう言ってアンセムは立ち上がる。
「お詫びにお茶でも煎れてあげる。奥のテーブルで優雅な読書をどうぞ」
「は、はい」
本を手にぼんやりとしていたリトは、あわててアンセムの背中についていく。店の奥へ向かう彼の歩幅は大きく、少女は足早に追いかけた。
アンセムの問いかけはあまりに唐突で、どうしてそんなことを聞いて来たのかわからない。答えを出すまえに打ち留められてしまったので、取り残されたような気持ちになった。
「あ、あの。もしかしてアンセムさんは古代魔法に詳しいんですか?」
「さぁ、どうだろうね?」
何かを知っているからこその問いかけだったのかと思ったが、青年の返答は曖昧だった。
さらなる質問を投げかけようとすると、アンセムが本棚に向かって腕を伸ばした。
歩きながら本の背を指先で撫でて行く。
「はるか昔、山に囲まれた森のなかに古代魔法使いたちの大きな都市があった」
語りはじめた背中を、リトは見上げた。
「ひとりの優れた古代魔法使いは長い研究の末、神秘……神と呼ばれるものの召喚に成功した。でも、残念なことに、その神は善いものではなかった。古代魔法使いの人生を大きく歪めてしまった……」
淡々とした言葉。夜の水底のようにひそやかな声音。
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