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事故当日、相模湾で試運転中の新型護衛艦「まつゆき」は、同時に、無人標的機による標的訓練も行なっていた。
無人標的機とは、標的訓練用に飛ばす小型の飛行機のことで、無線操縦により飛行する。つまりは、撃墜の的として飛ばす小型飛行機だ。
その小型飛行機の機体は視認性を高めるために、鮮やかなオレンジ色で塗装されている。
もしも、この無人標的機が誤って日航123便に追突し、垂直尾翼を破壊していたのなら、高濱機長が発したスコーク7700は、要撃(外部からの攻撃)による緊急事態を意味していたことになる。
回収された機体の残骸から、日航123便は、垂直尾翼の七割を失っていたことが判っており、ボイスレコーダーの会話からも、垂直尾翼の破損により制御不能に陥ったと推測されている。もし本当に、訓練用のオレンジの小型飛行機が垂直尾翼を破壊していたら、大変な問題だ。渡辺が、事故じゃなくて事件だといった意味が、ようやくわかってきた。
三上は梅酒をごくりと飲み込んだ。
「その、さっきの写真ですけど、本当に飛翔体なんですか? フィルムのゴミの可能性は……」
「写真は解析済みで、汚れや合成じゃないことは証明されています。ジャンボ機と同じ高度を飛ぶ黒い物体。飛翔体と考えても不自然じゃない。ただ、窓に張り付いた蜘蛛などの虫だという解釈もあります」
「虫ですか」
「ええ。航空機の窓ガラスは気圧調整の関係で何重にもなっています」
「あ、そのガラスとガラスの間に入りこんだ虫が写ったと」
ええ、とうなずく。
「それ、真相はどっちなんですかね。かなり重要な物証ですよ」
「これ以上は残念ながら……ただ、圧力隔壁の故障で機内の空気が客室後部に一気に噴き出し、垂直尾翼の大半を吹き飛ばしたという公式見解には、首をひねる専門家も多くいます」
「意地でも要撃に遭ったことを認めたくないんでしょうか」
「そう、思いたくもなります。実際、運輸省の事故調査委員会の報告書別冊には、墜落の原因は、垂直尾翼に全方向十一トンの異常外力、つまり、外からの力が加わったことだと書いてあるくらいですから」
「え?」
一瞬耳を疑い、思わず声を漏らした。
「それって、運輸省も要撃を示唆してたってことですよね。それがなぜ、機体の故障で垂直尾翼が吹き飛んだって公式報告になるんです? 矛盾どころじゃない。辻褄が合わないですよ」
「ええ。納得してない人は多いですよ。まあ邪推ですが、当時の内閣総理大臣は中曽根さんでした。このことも事件にしたくなかったことと無関係じゃない。そう思います」
「首相、ですか……」
三上は渡辺の話に魅入られ、スクープを取り損ねたことは、すっかり頭の隅においやっていた。
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