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客室に戻り泥のように眠った。
夕方、目が覚めると、露天風呂に足を向けた。ようやく温泉気分が味わえる。
天然の岩盤でできた湯船の足元から、ぷくぷくと泡が昇ってくる。
顔を上げると薄暮の空。ぬるい風が汗の浮いた顔を撫でてゆく。
真夏の温泉は初めてだったが、悪くなかった。
岩に身体をあずけ尻をすこし前に出す。とろりとした湯に顎の先までじっと浸かっていると、毛穴が開く感覚があった。全身の毛穴から、ここ数日の緊張感が湯の中に溶け出たように、背中がやわらかく広がった。
それでも、気分は晴れない。スクープを逃した悔しさが頭の芯にあったからだ。
酒でも飲んで切り替えるか。
部屋に戻ると糊のきいた浴衣に袖を通して、ホテルのサンダルをつっかけ、繁華街に足を向けた。
繁華街というほどは賑わっていない、飲み屋と古い温泉宿がちらほらある通り。
中心街では多くの外国人観光客を見かけたが、そこから車で三十分ほどのこの街は、別世界のように静かだ。それでも、側溝からゆらりとする湯気は、卵が腐ったような硫黄の臭いをただよわせ、湯治気分はこちらの方が味わえた。
背の低い木造の建屋しかない通りは、どこか昭和に迷い込んだような風情で、むかし観た三丁目の夕日という映画を思いだした。
ふと見ると、雰囲気のある赤提灯が目にとまった。外装の飴色の木に趣がある。
えんじ色の暖簾をくぐって、浴衣姿の赤ら顔のおっさんが二人、千鳥足でおっとり出てきた。酒のせいか大声で、おネエちゃんの店行くぞーと、手を振り回している。
なんだか楽しそうだ。
三上は暖簾を右手で払い、その店に顔を覗かせた。
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