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テーブル席が二つとカウンターだけの、こぢんまりとした店内には、客がいなかった。
ごま塩頭にエプロンの痩せぎすの男が、テーブル席を片付けている。
振り向いた男と目が合う。
「いらっしゃい、何名様で」
「一人。あ、とりあえず瓶ビール」
三上は指を一本立てて、カウンターの左隅に腰を降ろした。
店内を見回す。
オロナミンCのレトロなポスターや、カウンターに鎮座する黄ばんだ招き猫。
耳心地がよいBGMは、たしか『恋に落ちて』だ。小林明子だったか、母が台所でよく口ずさんでいた。
注文したビールで喉を潤して、お通しの茄子の煮浸しを口に放り込む。とろけそうに柔らかい茄子から鰹風味の出汁がじゅわっと染みだし、ささくれ立った気持ちが、すこしほぐれた。
「うま……」
独り言ち、続けて二つほど頬張った。三日ぶりのまともな飯だった。
二人一組で取材に当たれた頃は飯の時間も取れたが、雑誌が売れない今は基本一人だ。
二人で動いた方が小回りも効き、より多くチャンスをものにできるのに、上はわかってない。憮然としながら、シマアジの刺身やそば寿司に舌鼓を打った。
地酒の尾瀬の梅酒に切り替え二杯ほど飲んだところで、便所に立った。
用を足してカウンター席に戻ると、一つ空けた右隣の席で白髪の男がお猪口を傾けていた。
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