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 店内のBGMは、テレサ・テンの『つぐない』に変わっていた。 「じつは僕はライターをやってまして、三上といいます。雑誌記者です。もうすこし詳しく聞かせてもらえますか」  長財布から名刺を取り出し手渡す。 「いいですよ。あ、私は渡辺です。まあ、年寄りの戯言(ざれごと)だと思ってください」  あ、その前にと、渡辺は店主に冷酒とさらのお猪口をひとつ頼んだ。 「これお近づきのしるしと、慰霊をかねて」  とくとくと小気味よい音をたて、三上のお猪口に冷酒を注ぐと、 「では」  二人で杯を掲げ、ひと口で飲んだ。 「……羽田発大阪行きの日航123便が御巣鷹の尾根に墜落したのは、羽田を発ってから四十四分後のことでした。乗員乗客合わせて五百二十四名のうち、生存者はわずかに四名でした……」    ——墜落の四十四分前  十八時十二分に羽田空港を離陸した日航123便は、安定した状態で飛行していた。  機長の高濱は、元海上自衛隊のパイロットで、総飛行時間は一万二千四百二十三時間四十一分のベテランだ。  コクピットには、幾度かフライトを共にした副操縦士と機関士もいる。  順調に行けば一時間十分のフライトだ。高濱は安心して自動操縦に切り替えた。  しかし、機体が相模湾上空に差し掛かったとき、高濱は、機体に強い衝撃を感じた。  計器類は異常を告げ、アラームが鳴り響く。自身の身体に薄気味の悪い振動を感じる。  副操縦士と目を合わせた高濱は、迷わず、スコーク7700を発信した。 「スコークセブンセブン……なんですか、それは」 「航空機はトランスポンダーという無線装置を搭載しています。パイロットはこの無線装置に四桁の数字をセットします。たとえば高度1万メートル以上を飛行中は1400。管制塔はこの数字を見て、高度や飛行状態を確認します」 「なるほど」 「それで7700ですが、これは緊急事態を告げる数字なんです。たとえばハイジャックに遭ったときなども7700にセットします」 「なるほど。それで機長は素早く、緊急事態を発信したんですね」  渡辺がうなずく。 「機長が緊急事態を知らせたのは、コクピットにアラームが鳴って、その圧力なんとかに異常があったからじゃないんですか?」 「事故の原因が圧力隔壁の破損だったというのは、墜落後の調査での結論です。つまり、機長が緊急事態を発信した時点では、異常の原因はわかっていなかったと思いますよ」 「たしかに……」  三上が梅酒のグラスをつかむと、水滴でびっしょりと濡れていた。浴衣の袖で水滴をぬぐい、水で薄まった梅酒を飲み干すと、もう一杯注文した。  渡辺が話を続ける。 「その少し前に、後部座席に座っていた乗客が撮った一枚の写真があって、これが、なんというか不可解なんです」 「不可解?」 「ええ。その乗客は窓際の席から飛行機の外を撮影したんです。ところが、その窓枠の向こうに黒い点が写っていて。それが……123便に向かって飛んできている飛翔体じゃないかという説があります」  三上が怪訝な顔をする。 「何かが123便に向けて飛んできてたんですか?」 「ええ、あくまでも仮説ですよ。その飛翔体が、123便の垂直尾翼を破壊したという説です。それが墜落の直接の原因じゃないかと……」 「えっ……」  思わず声が漏れ、グラスを持つ手が止まった。
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