第1話 レプリカントの首領ハル、迷っていた仲間を拾う。

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第1話 レプリカントの首領ハル、迷っていた仲間を拾う。

「聞こえるか? 俺の声が」  聞き覚えのない乾いた声が耳に飛び込んだ時、彼は、頭の中の靄が、一気に雲散したような気がした。  それは、少なくとも彼にとって、それまでに耳に通した感覚の無い声だった。低い声だった。乾いた声だった。単純に声だけを判断すれば、若いものだろう、と思われた。  だがこの声には、聞かれたことを必ず答えなくてはならないような響きが含まれているような気がする。  だから彼はうなづいた。よし、とその声が続いて耳に飛び込んできた。 「いきなり目を開けるな。今のお前には強烈すぎる」  何が起こったのだろうか、と彼は相手の指示通り、ゆっくりと目を開きながら自分に問いかけた。  光が、飛び込んでくる。  彼は反射的に目を閉じた。そしてそれからもう一度、先ほどよりもっとゆっくりと、目を開いた。  それでもその視界が光に満たされた時、目眩が彼を襲った。彼は思わずその場にしゃがみこんでいた。地面に視線を落とした。額に手を当てていた。  全てが彼の周囲では鮮明になっていた。色も、形も、そしてそれを認識する意識も。  それまでの彼の世界は曖昧なものだった。目には映っていても、それ自体が明らかに迫る様に見えることはなかった。  だが今彼の前に広がる世界は。  目に見えるものは全て鮮やかな色をまとい、輪郭もくっきりと、自身を誇示するように、尖った立体感を伴っていた。 耳に入るものは、一つ一つに意味があった。それまで聞き流していたものが、その意味を主張し始める。言葉も、音も。  そしてそれは、目や耳だけではない。  頬に当たる風、太陽の光の暖かさ、そんなものを一つ一つ皮膚が認識し始める。  余りにもいきなり飛び込んできた情報量の多さに、彼は再び目眩がした。腰が崩れ落ちる。彼は頭を大きく振る。  その拍子に、結われていた栗色の長い髪が、ざらりと重力に従って落ち、背中を大きく覆った。 「名前は?」  最初に彼に問いかけた相手はかがみ込むと、彼と目線の位置を合わせ訊ねた。  小柄なその相手は、大きな目で彼をのぞきこんだ。  彼は言われている言葉の意味は判ったが、すぐには答えられなかった。何と答えていいのか、頭が適切な答えを探していた。すると目の前の相手は、同じ問いを繰り返した。お前の名前は、と。  強い視線が彼を捕らえる。大きな、焦げ茶色の、深い瞳。  自分が混乱していることは彼にも判っていたが、この目の前の相手には、何もかも答えなくてはならない、と感じていた。 「KM……12864578……」  すらすらと、意味無く並べられたようなナンバーを彼は暗唱する。  彼の製造番号だった。どんな主人の元に仕えても、どんな名で呼ばれても、その番号だけは彼が生まれついて持った唯一のものだった。 「KM、か」  目の前の相手はうなづいた。 「じゃあ俺は君をこう呼ぶ。キム、だ。君は今日から。番号じゃなしに」 「キム?」  彼は繰り返した。奇妙な程にそれは口の中で転がしやすい名だった。  何度か彼はキャンデーをしゃぶる様に口の中で転がす。繰り返す。  そしてその様子を見ながら、目の前の相手はにっこりと笑った。 「そう、キムだ。俺はハル。そう呼ばれている」 「ハル?」 「そう、ハル」  それがキムが「覚めて」から最初に認識した相手だった。
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