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突然のことにピクリと肩が上がり、身構えしてしまっている俺をチラリと見上げた彼女は赤く色づいた唇をゆっくりと動かした。 「私…和真さんのこと、すごく気になってます」 「……」 その言葉にどんな言葉を返せばいいか分からなかった。ただ、ドクドクと大きく脈打つ心音を受け止めるのに精一杯で、一向に言葉が出てこない。 俺のこの無言の時間をどう受け取ったのか分からないが、彼女は数秒の沈黙の後、慌てたように口を開いた。 「いやっ、あの、返事が欲しいとかそういうのじゃないので!いきなり変なこと言って、すみません」 捲し立てるようにそう言いながら握っていた俺の服を解放して、離れていこうとした彼女のその手を反射的に掴んでしまった。 驚いたように目を見張った彼女と視線が絡まったけれど、自分の行動に一番驚いていたのは自分自身だった。何かを考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。 こういう、抗う事の出来ない衝動のようなものを人は“恋”と呼ぶのだろうか。 激しく鳴り響く心音を全身に感じ、そんな事を頭の隅で思いながら意を決したように口を開く。 「俺も同じだから」 「…和真さん」 「俺もすごく、君のことが気になってる」 吸い込まれそうなほどに綺麗な彼女の瞳を見つめながら、何かが始まる予感がした。きっとそう思ったのは俺だけじゃなかったと思う。 彼女が胸に飛び込んできても、もう驚きはなかった。まるでこうなる事が分かっていたかのように、小さなその身体に腕を回す。優しく、慎重に、彼女を抱きしめながらチラリと後方を見遣る。数メートル先の電柱の側、そこにはもうあの男の姿はなかった。 「…もう居ませんね」 寄り添っていた身体を少し離し、俺に倣うように後方を見た彼女はぽつりとそう呟いた。そしてはらりと落ちてきた横髪を耳に掛けながら、俯き気味に言葉を続けた。 「…私、まともに育てられたと思うんです。だから余計に、ああいう変わっている人の思考回とか分からなくて…、でも、話してみたら少しは分かるのかなって思ったりもするんですけど…」 それは他人に寄り添う心を持った彼女らしい言葉だと思った。そういう彼女だからこそ、こんなにも惹かれている。だけど、それとこれとは別だ。 「理解しようとなんてしなくていいよ」 「でも…」 「美里ちゃんのその考えは素敵だと思うけど、話しかけたりしたら何をされるか分からない。もし何か声をかけられても、絶対に反応しちゃダメだよ」 「……」 「お願い。約束して?」 念を押すようにそう言った俺に根負けしたのか、彼女は少し眉を寄せたままだったけれど「はい」と頷いてくれた。 そんな彼女の手を引き、今度は俺から彼女を抱きしめた。 「大丈夫。俺がいるから」 何があってもこの子だけは守らなければと強くそう思った、蒸し暑い夏の夜だった。
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