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そう言いながら後ろを振り返った彼女はプツリと言葉を切った。 「…美里ちゃん?」 不思議に思い名前を呼べば、彼女はバッと前に向き直り、俺の肩に寄り掛かるようにして身体を寄せた。そして蚊の鳴くような声で言葉を紡ぐ。 「…後ろ……」 「…後ろ?」 彼女の口から落とされた言葉を繰り返しながら顔を後方へと向ける。シンと静まり返った夜道。街灯が照らされている電柱の側に佇んでいる人物を見て、心臓がドクンッと大きな音を立てた。何故ならそこに居たのはバイト先に来ていたあの気味の悪い男だったからだ。 「あいつ…」 「えっ、知り合いですか?」 思わずぽつりと零れた俺の言葉に彼女が驚いたような目を向けたから、反射的に首を横に振った。 「いや、知り合いではないよ。何回か見かけた事があるくらいで…」 「…そうなんですね」 「あいつがどうかしたの?」 俺の問いかけに彼女は少し言いにくそうな面持ちで「実は…」と口を開いた。 「最近、あの人に付き纏われている気がして…」 「え!?」 思いがけない言葉に、思わず大きな声を出してしまった。明らかに驚愕して焦っている俺を見た彼女は慌てたように言葉を続けた。 「いやっ、まだ確実ではないというか、証拠とかはないんですよ。ただ、最近よく姿を見かけるなぁ、くらいで…」 「…そうなの?」 「はい。…考えすぎかもしれないんですけど、過去に一度ストーカー被害に遭った事があるので余計に敏感になってしまって…」 白く、小さな手をぎゅっと握り締めてか細い声を紡ぐ彼女を放っておけるわけがなかった。 「あいつの姿を見かけるのはいつなの?」 「バイト帰りが一番多いですね…」 「じゃあ俺がバイトの行き帰りを送って行くよ」 「えっ、そんなの悪いです!」 「悪いとか、そんな事思わなくていいから。…ていうか、美里ちゃんに何かあったら、俺が嫌なんだ」 言った後で少し気恥ずかしくなってしまったけれど、放った言葉に嘘はなかった。じっと目を見つめながらそう言った俺に彼女はふっとその栗色の目を伏せた。街灯に照らされた頬がほんのりとピンク色に色づいていたのはさっき飲んだアルコールの所為なのだろうか。 「ありがとうございます」 小さな声でお礼を告げた彼女は伏せていた瞳を上げ、上目がちに俺を捉えて言葉を続けた。 「じゃあお言葉に甘えて送り迎え、お願いしてもいいですか?」 「うん。全然いいよ。予定合わせるから」 快諾した俺に彼女はちいさく微笑んで「ありがとうございます」と、さっきと同じ言葉を紡ぎ、そして白い手をスッとこちらに伸ばし、そして俺の服をきゅっと控えめに握った。
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