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ぬるっと現れたその男は間近で見るともっと清潔感が無い事が分かった。空調機の風に乗って漂ってくる酸っぱいような匂い。此方にDVDを差し出す指先に視線を落とせば伸びた爪先には黒い汚れが溜まっている。受け取ったDVDは芝田が言った通り、かなりヘビーな内容の強姦もののアダルトビデオだった。 「レンタルは一週間でよろしいですか?」 「……ハァ、………ハァ…」 平静を装おってマニュアル通りの言葉を並べた俺に返ってくるのは荒い呼吸音と鼻息だけ。ワンテンポ遅れてゆっくりと縦に振られた頭を見て、バーコードを機械で読み取る。 赤く荒れた肌。額に滲む脂汗。酸っぱい匂い。うるさいくらいの鼻息。未だに張り詰めたままの股間。 清潔感なんて皆無だ。気持ち悪いを通り越して、なんだか気味が悪い。芝田が逃げるように姿を消したのも無理はないな、と思った。 会計を済ませたタイミングで芝田がレジへと戻ってきた。 「あーマジで俺あいつ無理だわ。気持ちわりぃ」 肩を竦める姿に苦笑していると芝田は思い出したように言葉を続けた。 「そういや今日の朝、ニュースでバラバラ遺体が見つかったとかって報道されてたよな」 見た?と尋ねられて、頷く。 「しかもここの近所だよな。最悪だわ。気味わりー」 気味が悪いのは同感だった。そうだな、と相槌を打つ俺に芝田は再びパイプ椅子にどかりと腰掛けながら口を開く。 「ああいう事件ってさ、絶対頭おかしい奴が起こしてるよな」 「まぁ…そうだろうな」 まともな人間があんな猟奇的な殺人事件なんて起こすわけがない。そう思い、肯定を口にした俺を芝田はにやりと口角を上げて見上げた。 「やっぱそうだよな。多分さ、さっきのあの気持ち悪い客みてぇな奴がああいう事すんだよ」 「それは…どうだろう」 煮え切らない返事をする俺に対して芝田は「絶対そうだって!」と何故か食い気味に断言してくる。 「ああいう犯罪ってさ、性癖の一種みてぇなもんだろ。きっしょくわりぃ性癖してんじゃん、あいつ」 「……」 「なんならあの殺人事件の犯人、あの客なんじゃねーかと思ってるくらいだし」 「……ふぅん?」 考えたところで分かるわけもない事に思考を捉われるのは苦手だ。苦手というよりも、考える気になれない。 この会話を続ける気を失くした俺は再び返却ボックスから回収したDVDの整理に取り掛かる。そんな俺の隣で芝田は「絶対そうだ」とか「間違いねぇ」とか、ブツブツと独り言を続けていた。 「あ。てかお前、来月の新歓来いよ」 芝田に誘われるまま入ったサークル。ほぼ毎月、飲み会が開催されるサークル。飲み会以外にこれといった活動はしていないサークル。所謂“飲みサー”というやつだ。どうやらその飲みサーで新人歓迎会が開かれるらしい。 日時を聞いたところ、ちょうどその日は予定が空いていたから芝田のその誘いは受ける事にした。
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