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ちいさな町にある大衆居酒屋はその日も大きな賑わいを見せていた。 貸切になっている座敷にはざっと数えても30人以上の人が犇めき合っている。がやがやと行き交う声。乾杯からそれほど時間が経ったわけでもないのにもう出来上がりつつある人達を横目に、ちびちびとビールを流し込んでいれば突然肩に誰かの腕がぐわっと巻きついた。 「おぉーい和真ぁ、飲んでるか!?」 顔を確認しなくとも絡んできたのが芝田だという事は分かった。ちらりと視線を横に向ければ微かに頬を赤に染めた芝田がいつもよりもとろんと垂れた瞳で笑う。その瞳はどう見ても酔っ払いのそれだ。 飲んでるよ、と返しながら肩に乗せられた腕をやんわりと退ける俺に芝田は「まだ一杯目かよ!全然飲んでねぇじゃん!」とバカデカい声で言う。 「あんま酒強くないから」 「バァカ、飲み会は酔ってナンボだろ!つーかあそこの女達が和真の事イケメンだとかって盛り上がってたぞ」 さっきとは打って変わって秘密を共有するような声でそう耳打ちされた。にやにやと笑う芝田の向こう、奥の隅の方で固まっている女三人組に目を向ける。その中の一人と視線がバチッと合わさったと思えばすぐにパッと逸らされ、何やらキャッキャッと騒ぐ声が微かに聞こえてきた。 「あれは完全にイケるな。声掛けて来いよ」 「やだよ」 「ハァ!?なんでだよ」 「興味無い」 ぴしゃりとそう言い切り、芝田が何かを言う前に「トイレ行ってくる」と立ち上がる。そしてそそくさとその場を後にした。 ほぼ毎月、飲み会が開催されているけれど俺は年に数回ほどしか参加していない。あまり大勢でわいわいと騒ぐのが好きじゃないからだ。この騒がしさが好きな人が多いのかもしれないけれど、俺はどうも好きになれない。苦手意識が先行してしまう。 まだお開きには程遠いだろうに、もう既に疲れ切ってしまった。少し休憩にとその場を離れたものの、離れた瞬間、安堵と共に疲れがどっと押し寄せてくる。 (このまま帰りてー……。) そんな呟きがぽつりと心の中に溢れた時「あ、あのっ」と鈴を転がしたような可愛らしい声が喧騒に混じって背後から響いた。名前を呼ばれた訳でもないのに反射的に振り返ってしまった。その先に居たのは色白で小柄な、華やかな顔立ちの女の子だった。歳は同じくらいだろうか。淡いピンクの花柄のワンピースを身に纏うその子は少しの沈黙の後、ゆっくりとその小ぶりな唇を動かした。 「帰るんですか?」 「え?」 突然投げかけられた質問に間抜けな声しか返せなかった。そんな俺を見た彼女はハッとしたような表情を見せた後「すみません。質問より説明が先ですよね」と、少し恥ずかしそうに頬を持ち上げた。 「私もあのサークルの飲み会に参加してて…」 彼女はそう言いながら自分の後方にある座敷の出入り口をチラりと見遣る。彼女はどうやら飲みサーの一員らしい。「そうだったんだ」と返事をした俺に彼女はちいさく頷きながら此方に向き直り、再び開口した。
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