狩る者と喰う者の今昔物語

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昔々、時代は江戸。 その時代、日の本の人々は酷人(こくびと)という存在に恐れる日々を送っていた。 酷人とは、人間から生まれ、人間しか食べれぬ亜人であった。 何故、酷人が生まれたのか? 過去の大飢饉によるものか、それとも神々の天罰によるものか、噂はいくつも流れども真相は分からなかった。 ***** とある甘味処の店先に一人の少女がいた。 その少女は美しく黒光りする髪を肩につく程の長さで切りそろえた髪型で、小さい顔の肌は暖かみのある白色、唇は何も塗っていないのに綺麗な桜色、大きな目を縁取る睫毛はまばたきするたび音をたてそうなほど長い、美人画たちが悔しさで逃げ出しそうなほどの、かなりの美少女だった。 ただ、少し変わっているのは着物の裾が太ももの真ん中までしかない丈の短いものを身に纏っているのと、空は雲一つない青空だというのに紅色の番傘を所持していることだった。 少女は頬がとろけそうなほどの甘味を食べているというのに、その表情は氷のように冷めていた。 その表情の冷たさから、何人もの男たちが声をかけたいと思っても行動に移せなかった。 ーーーただ、一人を除いて。 とある青年が、少女に声をかけた。 「こんにちは、お嬢さん。隣に座ってもいいかな?」 「…………どうぞ」 青年は店員に飲み水だけを頼んだ。 そんな青年に少女は問うた。 「甘味は頼まないのか?」 「さっき、昼飯を食べてきたばかりなんだよね」 「ふぅん……。さぞ、美味しい人間だったんだろうな」 その言葉を発すると共に、少女は番傘の柄を抜いた。 番傘の柄の先は日本刀になっていて、どうやら紅色の番傘は仕込み刀だったようだ。 「貴様が酷人だという調べは、ついている」 「そうか……。じゃあ、ここじゃ騒ぎになるし、どこか人気のない場所に移動しようか……」 たしかに、他人がそばにいる場所では人質でも取られたら面倒だと少女は思い、青年の酷人の言う通り場所を移すことにした。 町外れにある廃墟と化した家に二人は入り、対峙する。 「お嬢さんは何者なのかな?」 「私は『酷狩(こくが)り』、幕府に仕える酷人専用の殺し屋だ」 「僕が酷人だという情報は?」 「貴様の宿の隣室の客からの情報だ。壁の薄い安宿に泊まったのが運の尽きだったな」 「そうだね、今度から気をつけるよ」 「貴様に今度など無い」 殺気立つ少女に、まぁまぁと青年の酷人は宥めるような仕草をした。 「神に誓ってでもいい。僕は人を殺めたことなんか一度もないよ」 「……じゃあ今まで、どうやって生きてきたというつもりだ?」 「僕は流浪の医者をしていてね、お金のない貧民の方からは、お代として血を少し貰ったり、どうしても救えなかった患者さんのご遺体を干し肉にして、少しずつ食べて生きてきたんだ」 少女の勘が告げる。 目の前の酷人は嘘をついていない、と。 「一旦、信じてやろう。しかし、貴様を放っておくことはできん」 「だよねぇ……」 さて、目の前の酷人をどうしたものかと少女が思案していると、男は顔を赤く染めて口を開いた。 「あの……。僕、君に一目惚れしているんだけど……」 「…………は?」 「君のこと、とても綺麗な人だって気になって声をかけたんだけど……」 「私が『幸人(さちびと)』だからじゃなくてか……?」 「うん……」 幸人とは、酷人にとっては大変美味なご馳走であると共に、食べれば最長一年間は人間を食べずに済む、酷人にとっては有り難い存在である。 そして、この酷狩りの少女は幸人であった。 「酷人は、匂いで誰が酷人なのか分かる……。だから、君と僕が共に行動すれば、君にとって都合が良いんじゃないかな?だから……僕たち、恋仲になりませんか!?」 「行動を共にするのは良いが、恋仲は嫌だ」 「そんなぁ……」 人を食べないという青年の酷人の名は桜大(おうだい)というらしい。 「君の名は?」 「村雨(むらさめ)」 「本名じゃないよね、それ!?」 「酷狩りとしての名だ」 こうして、酷狩りの少女ーーー村雨と、酷人なのに人間を殺さない青年ーーー桜大の二人組が結成されたのだった。 ***** 「こうして、酷狩りと酷人が協力して手柄を上げていくんであります! 村雨は幕府から大金の褒美をもらい、食うに困らない暮らしを送ることができるようになりましたとさ! しかし……、酷狩りと酷人の二人に待ち受けるのはーーー」 ***** 桜大のおかげで収入が増え、前よりも良い宿に泊まることができるようになった。 しかし、予約する部屋は必ず一室。 村雨は桜大を見張らないといけなかったし、桜大は村雨が常に近くにいないと嫌だと駄々をこねたからだ。 その日も、桜大が見つけた酷人を仕留めた夜。 突然、桜大は村雨に尋ねた。 「村雨ちゃんは、何で酷狩りになったの?幸人がなるのは危なくないかい?」 「いや……、むしろ幸人だと向こうさんから殺されに来るから楽なんだ、酷人を見つけるのがな。それに……」 「それに?」 「私が幼い頃、酷人が私を狙って家に襲いに来てな……。その時、他の家族も襲われて、母の死に際の『アンタなんか、産まなきゃよかった……っ!!』っていう憎悪の言葉に今も取り憑かれててな……。私は運良く逃げることができたが、私以外の家族は……。酷狩りをやっているのは、私だけ生き残ってしまった償いのためにやっているんだ……」 あの日の、般若の面のような母の顔を忘れたことは村雨はなかった。 村雨が過去を振り返っていると、背中に温もりを感じた。 「つらかったね……。僕は君のように強くはないけど、何があっても永遠に君を愛することだけはできる」 つらいなんて思ったことはない。 つらいなんて、思う資格などないと思っていた。 だから、つらくなど……。 そう思う村雨に反して、彼女の瞳からは涙が滲み出していた。 「駄目だ……。泣いては……いけない……。生き残った私が泣くことなど、許されるはずがない……」 「僕が許そう……。泣いていいんだよ……」 桜大の腕の中で、村雨は家族が亡くなって初めて泣いたのだった。 村雨たちの仕事は順調かと思われたが、ある日のこと、村雨は昔馴染みの同業者の男から忠告を受けた。 「酷狩りのほとんどは、酷人に恨みを持つ者たちだ。そんな輩が、お前さんを裏切り者だと言っているぞ。……気をつけろよ」 「………………」 その忠告は予言であったのだろうか。 その日のうちに村雨と桜大は複数人の酷狩りの男たちに囲まれた。 「村雨……。その酷人を殺せ。そうすれば、お前さんには何もしねぇ」 村雨は男たちと戦うつもりでいたがーーー。 「村雨ちゃん……。今まで一緒にいてくれて、本当にありがとう。そして、さようなら。愛してる……」 桜大は村雨に預けられていた仕込み刀の切っ先を、自らの心臓へと突き刺した。 村雨は倒れた桜大の上半身を抱き上げたが、桜大の呼吸も、心臓の鼓動も止まっていた。 「待ってくれ……っ!!死なないでくれ……っ!!まだ、貴様の名前を呼んだことがない!!まだ、私の本当の名を教えてないだろう……っ!?」 そう叫びながら、村雨は気づいた。 いつの間にか、心のなかには桜大への恋心が芽生えていたことに。 「あの世で待っててくれよ……。今、そちらへ私も向かう」 まだ乾いてない桜大の血がついた刃を、村雨は自身の心臓に刺したのだった。 ***** 「こうして死に別れた悲しき二人!運命の神とは非情なのか!?いいや、そんなことはない!!何故なら、二人は……」 ***** 時代は令和。 誰かを探すように歩いている青年の名は桜大。 彼には生まれた時から、否、生まれ変わった時から探し求めている女性がいる。 桜大は、今日も彼女を求め街を彷徨う。 ーーー会えるはず……ないか……。 そう心が折れそうになった時、愛しい声が自分の名を呼ぶのが春風に乗って耳に届いた。 「桜大ーーーっ!!」 振り返ると、前世と一切変わらぬ美貌の村雨が瞳を濡らしながら、こちらへ向かって走ってきているのが見えた。 そして、桜大にぶつかるように抱きついた村雨を桜大は優しく抱きとめた。 「村雨ちゃん……。初めて……名前を呼んでくれたね……」 「貴様こそ、私の本当の名を知らないままだろう……っ!!」 「私の本当の名は(らん)というんだ……っ」 「やっと、君の本当の名前を……」 二人は泣きながら、抱きしめ合う腕の力を更に強めた。ーーーもう二度と、運命に引き離されないように。 「ら……ん、ちゃん。乱ちゃん……っ!!また、君に会いたかった……っ!!」 「私もだ……。もう、勝手に死ぬなよ……。桜大が死んだら、私も死ぬからな……っ!!」 二人の再会を祝うように、どこからか桜の花びらが二人のもとに風で運ばれてきたのだった。 ***** 「明治時代には酷人は滅び、現代では二人は同じ人間として再会し、永遠に愛し合っとさ!めでたし、めでたし!!ね?運命の神様も捨てたものじゃないでしょう?これにて、話は終わりでございます」 そう言って、運命の神は笑った。
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