指定席の窓外

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 列車に乗り、切符の番号の席へ向かった。  細い通路の片側に、前後を仕切り板で遮られた席が一列だけ長く伸びている奇妙な列車。  切符の番号と座席の番号を照らし合わせながら進むと、指定の席に人が座っているのが見えた。  あれ? そこは俺の席の筈だけど…。  間違えてますよと言おうとしたら、座っている人か無言で前の席を指さした。  番号が違うけれど、もう自分は座ったから、今更移動したくなくてそっちに座れということかな。  どちらでもいいやと思い、前の席に座ろうとした時、窓の外の風景が目に入った。  夕暮れでもないのにやたら赤みがかった空の下に、鬱蒼とした森が広がる窓外の風景。  これを見ながら目的地まで向かうのは気が滅入るな。そう思いながらも席に座ろうとした時、前方から、列車の職員らしき姿をした男がやって来た。  俺が手にした切符を見つめ、座席の番号を確認する。  その直後、職員らしきその人が、後ろに座っていた男を座席から引きずり下ろした。 「あなたの席はそちらでなく、こちらです」  事務的に告げられ、それに従うと、席から下ろされた男の怒号が聞こえた。  やめろとか、そこに座るのは俺だとか喚いているが、職員に押さえつけられて動けずにいる。  だからさっさと席に着くと、職員が喚き続ける男を、さっき俺が座りかけた席に押し込んだ。  その際、そこには何もないのに鍵をかけるような音が聞こえ、それきり前の背にいる男の声は聞こえなくなった。  職員が俺に一礼し、去っていく。その時にも鍵をかけるような音がしたが、俺の意識は一瞬で窓外の景色に奪われた。  先刻とはまったく違う澄み切った青い空と、綺麗な花々が咲き乱れる花畑。それが窓の外にどこまでも広がっている。  たった一つ席が前後しただけなのに、外の風景のこの違いは何だ?  そう思った時、俺は、自分がこの列車に乗り込んだ理由を思い出した。  そうだ、俺は突然の事故で命を失った。そして、この列車であの世へ運ばれて行くのだ。   俺が向かうのは、ここの窓から見える爽やかな世界。でももしあのまま前の座席に座っていたら、行先は、さっき見えたあの場所だった。  前の座席の男はそれが判っていたから、俺と自分の席を入れ替えようとしていたのか。  でもそれは職員の手で失敗に終わった。  多分あれは『地獄』と呼ばれる場所の一部なんだろう。たいする俺が向かうのは…。  僅か三十年程度の短い生涯だったし、死に方はあまりにも呆気なさ過ぎたけれど、どうやら俺は天国へ行けるらしい。  今はそれだけが心の救いだ。 指定席の窓外…完
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