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はぁ、はぁと息が切れる。
心臓はバクバクと音を立て、今にも口から飛び出そうだった。
私が引っ張ったことにより、後方にくん、と傾きながら急ブレーキをかける如く足を止めたその男の人が、ゆっくりと此方を振り返る。
そしてその顔を見た瞬間「へ…」と間抜けな声が零れ落ちてしまった。
「…なんすか…?」
私と向き合うように体ごと反転し、怪訝そうに眉を寄せるその男の人は、全く知らない人だった。つまり、人違いだったのだ。
私が脳内で思い描いていた人――颯くんに、シルエットこそは酷似していたものの、顔は似ても似つかなかった。
例え本当に彼であったとしても、そもそも今さらこんな風に引き止めて、私は一体、何を言うつもりだったのか。
どれだけ考えても答えは一向に出ない気がしたから、人違いで良かったのかもしれない。
ホッとしたような、残念なような。
なんとも言えない感情が、渦を巻く。
強ばっていた身体から一瞬で力が抜けてしまい、気を抜けばまたしゃがみ込んでしまいそうだったけれど、謝罪するのが先だ。
「あの……」
「なに?お前、逆ナンされてるん?」
私が“すみません”を言うよりも早く、新たな声が響いた。
人間違いで引き止めてしまった男の人の背後から、ひょこりと顔を見せた茶髪の男の人。
どうやらこの2人は友達のようだった。
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