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「ホテル代も、別に良かったのに」
海望くんがそんな言葉を落としたのは、ドリンクを受け取り、店内を後にしてすぐの事だった。
「朱架さんって、意外と律儀なんすね」
「何よ、“意外と”って」
隣に並んで歩く海望くんをジトりとした目で睨む。
「あたしだって、いつもは払ったりしないから。でも海望くんは年下だから、一応置いてっただけ!」
「お気遣いどうもありがとうございます」
「なにそれ。ありがとうとか思ってないでしょ」
「なんでですか、思ってますよ」
ふは、と笑った横顔に不覚にもキュンとしてしまった。顔が良い男は、少し笑うだけで女の心を満たせてしまうから末恐ろしい。
「それ、美味しい?」
「想像の5倍くらい甘いすね」
「そんなに?」
「はい。一口 飲みますか?」
ゆるりと首を傾げる、海望くんのその仕草は、割と好きだ。
小さく頷いたあたしに、海望くんは自身のカップを差し出す。「じゃあ、交換ね」と、海望くんにはあたしの抹茶ラテが入ったカップを手渡した。
海望くんが頼んだ、クリスマス限定のドリンクをこくりと飲み込めば、瞬く間に口の中に甘さが広がった。
「うわ、本当に甘い」
「でしょ」
「なんかもう、キャラメルどこ?って感じだね。抹茶の味する?」
「正直、あんま分かんないです」
「やっぱり」
クスクスと笑い合って、イルミネーションが施された街中を肩を寄せ合って歩く。まるで恋人みたいだな、なんて思っていると、海望くんの方が先に、束の間の沈黙を破った。
「もう会ってくれないかと思いました」
毎年 街で流れているポピュラーなクリスマスソングに混ざって、海望くんの低い声が耳に届く。
「朝 起きたらもう朱架さん居なかったし」
「…あたし、こういうのは1回きりで終わらせるようにしてるから」
あたしの言葉に海望くんは少しの間を置いて「へえ」と静かに相槌を打つ。海望の口から吐き出された白い息が、暗闇に溶けていくのを見た。
「じゃあなんで、俺とはもう1回会ってくれたんですか?」
「…それは…」
思わず足を止めてしまった。
そんなあたしに倣うように海望くんも足を止めて「それは?」と先を促してくる。
吸い込まれそうになるほどに魅惑的なその瞳をじっと見つめ返しては、ゆっくりと開口した。
「海望くんってさ」
「はい」
「あの飲み会より前に、あたしのこと知ってたの?」
意を決してそう聞いたあたしに、海望くんは「あー…」と歯切れの悪そうな声を紡いだ後、目を伏せて、微かに笑った。
その反応がどういう心境から来るものなのかが全く掴めず、眉を寄せるばかりのあたしに視線を戻した海望くんは、ゆるく首を傾げた。
「エージがなんか言ってました?」
「うん、まあ……ちょこっと」
「そうすか。…じゃあ、」
伸びてきた腕が、腰に回る。そのまま優しい力で引き寄せられて、額同士がこつんと、軽くぶつかった。
海望くんのふわふわの猫っ毛が掠めて、少し擽ったい。
思わず目を細めるあたしを海望くんは軽く笑って、「2人きりになれるところで話しましょうか」そう、甘く囁いた。
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