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◇
ちょうど近くにあったキレイめなラブホテルに入る事にしたのは数分前のこと。
「知ってましたよ、朱架さんのこと」
部屋に着くなり、着ていたアウターを脱いでハンガーに掛けていた海望くんは、こちらを振り返り、あっけらかんとそう放つ。
「あたしが通う大学も知ってたよね?どうして?」
まるで誘導尋問のようにそう詰め寄るあたしに、海望くんは眉のひとつすら動かさずに「まじで覚えてねえんだ」と小さく呟いた。
「え?」
「まぁ あの時すげえ酔ってましたもんね、朱架さん」
「…あの時?」
「夏頃に駅前で酔っ払いに絡まれた事、覚えてます?」
話に全くついていけずに頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされているあたしに、海望くんは補足するようにそう言う。
「夏頃…?」
派手な見た目なうえに露出の高い服を好むせいか、正直 酔っ払いに絡まれる事なんて日常茶飯事だった。
一体いつの事だろうと、脳をフル回転させて記憶を辿ろうとするあたしに、海望くんは助け舟を出すかのように「じゃあ」と付け足す。
「絡まれてるところを知らない男に助けられて、その助けてくれた男をラーメン屋に引きずり込んだ事はなかったですか?」
「ラーメン……、っあ!!」
そのワードを聞いて、ぼんやりしていた記憶が一気にクリアになる。
確かに一度、そういう事があった。
駅前で酔っ払ったおじさんにかなりしつこく絡まれて、通りがかった男の人がそれを助けてくれた。そしてそのお礼と称して半ば無理矢理にラーメンを奢ったような気もする。けど……あの時、あたしもかなり酔っていたし、ここまで思い出しても記憶は朧気だ。
細かい事は思い出せないし、その助けてくれた男の人の顔も、全くと言っていいほど覚えていない。
「もしかして、あの助けてくれた男の人が海望くんだったりする…?」
「そうです」
やっぱり。あたしはすっかり忘れていたけれど、どうやらそういう事らしい。
「えっ、じゃあ海望くんってそんなに前からあたしのこと好きだったの?」
「は?」
乾いた声が即答で返ってきた。
目の前の海望くんは驚いたように目を丸くしていて、その反応を見たあたしも思わず「えっ?」と目を瞠ってしまう。
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