episode 1

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すっかり冷え込んだ空気が、肺の中に充満する。 店の外にあるベンチに腰掛けた海望くんは、さっそく煙草を1本取り出してそれに火を灯した。寒さから来るものではない白い息を吐き出す隣に、ちょこんと腰掛ける。 「1本ちょーだい」 白くて長い指が、お願いした通りに煙草を1本あたしに手渡す。 ありがとう、と軽くお礼を言ってそれを口に咥える。「火、貰っていい?」と尋ねたあたしに、彼は角度をつけて、顔を近づけた。 海望くんの口に挟まっているそれとあたしのそれの先端がくっついて、ジリ、と小さな音がした。 あまりの近さに目を瞠るあたしに、彼は伏せていた目をゆるりと上げて、薄く笑う。 「吸わなきゃ、付かないっすよ」 「っ」 ハッとして深く息を吸い込めば、程なくしてあたしが咥えた煙草の先端から紫煙が燻る。 寒空に向かってゆらゆらと舞う白を見て、満足したように顔を離した海望くんをぼうっと見つめた。 …きっとこの子、相当 手馴れてるに違いない。 「朱架さんって、男 作らないんすか?」 「うん。いらない」 「なんでですか?」 「だって恋愛とか面倒じゃん。後腐れなく、いろんな人と遊んだ方が楽しくない?」 首を傾げながらそう聞いたあたしに海望くんは「そうすね」と小さく相槌を打つ。そして首を傾げた拍子にハラリと落ちてきたあたしの横髪を、掬うように指先に絡めた。 「朱架さんとなら、楽しそう」 「……」 手馴れてるだろうというさっきの予想は、たった今 確信に変わった。 当たり前か。こんなに顔が良い男が、手馴れていない方がおかしい。いくら年下といえど、それなりに遊んできたはずだ。 「どうすか、俺」 後腐れないですよ、そう続けた海望くんの視線は、唆すようなものだった。 「結構 優良物件だと思うんですけど」 くるくるに巻かれたあたしの髪を弄ぶように絡めていた指先が、そっと顎を撫でる。まるで猫にするようなそれが擽ったくて、思わず肩を竦めてしまった。 「朱架さん、」 ところどころ掠れる声は、わざと甘く響くように、鼓膜を震わす。 「俺と、遊んでくれますか?」
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