プロローグ

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ちらり、目の前の男の人を見上げる。 深く息を吸い込んでから、ゆっくりと口を開いた。 「…帰る家、ないの」 シーン。 そんな効果音がぴったりな沈黙が数秒流れる。 「…家出してきたの?」 それを破ったその質問に、少し考えてから首を横に振る。 多分“家出”っていう表現は違う気がする。 「親と喧嘩して帰りづらいとか?」 「…ママは好き」 「…うん?」 「…ママも、あたしが好きだって」 あたしを見下ろすガラス玉みたいな綺麗な瞳がきょとんと丸くなったけど、すぐにふっと細められる。 その人は柔らかく微笑んで「それは良いことだね」と返事をしたかと思えば、すぐに顎に手を当てて「…参ったなぁ」と独り言のように呟く。
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