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あれは、娘がまだ小学校一年生の時のこと、だっただろうか。
春のお祭りで、彼女は例のごとく射的の屋台にすっとんでいった。お金を払ってくれと強請るので、私と夫は苦笑いしながらお財布を出したものである。
「皐月。真理愛は俺が見てるから、他の屋台見たかったら見に行ってもいいよ」
こういう時、気遣いができるのが夫だった。私自身も、お祭りの屋台巡りが大好きで、ゲームが大好き。それがわかっていて提案してくれたのだろう。
「今日くらい皐月も遊びなよ。……ああなったら、真理愛は当分射的屋さんから動かないしね」
「あはは、それもそうね。……ありがとう、行ってくるわ」
「うん」
年下の心優しい夫に感謝しつつ、私は射的の屋台を離れたのだった。さっき見かけたくじ引きが気になっている。推しのアイドルグループのグッズが景品になっていたのだ。
まだ幼いこともあり、娘はアイドルタレントとかにはてんで興味がないらしい。くじ引きをするにせよ、狙うのは玩具やゲームが景品となっているものばかりだった。ああいう場所には誘ってもつまらない顔をするだけだろう。
「おじさん、一回ひきます!」
「あいよ」
私が声をかけると、くじ引き屋のおじさんは箱を出してくれた。私は箱の中身を派手にかき回した後、赤い三角形の紙を一枚引く。
そして、その場でオープン。――見えたのは、五等、の文字だった。やっぱりこういうものは、そう簡単に当たらないものらしい。
「すごいがっかりぶりだねえ、奥さん」
おじさんは私の落ち込みっぷりが面白かったのか、からから笑った。
「もう一回引くかい?一回二百円だから安いもんだろ」
「まあ、そうなんだけど……」
娘たちの射的の屋台はそう遠くはない。彼女達のゲームは終わったのかなと、左の方へ視線をやった時だった。
妙に、目を引くものがある。
私は箱を台に置くと、おじさんに頭を下げた。
「ごめんなさい、おじさん!また今度!」
「ああ、そう?じゃあね」
おじさんに挨拶をして、そちらの方へ早足で向かった。目に入ったのは、くじ引きの屋台の二つ隣。紫色の布がかけられたテーブルに、占い師のようなベールをかぶった女の人が座っている場所だった。
一応、これも屋台、なのだろうか。
女性の前には、値札がついたアクセサリーがいくつも並べられている。
「いらっしゃいませ」
私がその前に立つと、彼女は鈴が鳴るような美しい声であいさつをしてくれた。ベールの向こう、少し化粧が濃いもののはっとするほど美しい女性の顔が覗いている。恰好からして、本当に占い師か何かなのだろうか。
アクセサリーは、殆どがネックレスだった。それも珍しいことに、薄紅色の貝殻のネックレスばかりである。
「綺麗……」
私は、そのうちの一つを手に取った。
五枚の小さな貝殻がぶら下がったネックレス。値段も千円ちょっと、と大変お買い得だ。むしろ安すぎて質を疑ってしまうほどに。
「それが気に入りましたか?」
「はい。でも、こんなにお安くていいんですか?」
私が尋ねると、占い師風の女性はかろやかに笑って言った。
「原材料費をかなり安く仕入れてるんです。手作りなので、加工にお金もかかっておりませんしね。……嬉しいわ。久しぶりに、私の商品に惹かれてくださる方が現れて」
あんまり売れないのだろうか。最後の言葉は、少し寂し気だった。
こんなに綺麗なのに、と私は残念に思う。一番魅了された五枚の貝殻のネックレスを手に取ると、私はお財布を取り出した。迷うことなく、購入一択だ。
「あの、いつもお店出してます?私、毎年このお祭り来てるんですけど、春にも秋にもこのお店を見かけたことがなくって」
私の問いに、女性は応えなかった。
その代わり、小さなチラシを取り出して渡してくれたのである。
「次の、秋のお祭りにも屋台を出しますわ。よろしければ、その時また買っていってください。より、素敵なアクセサリーを作ってお待ちしておりますので」
チラシには“占い師シャーリーのアクセサリー店”と書かれていた。
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