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 俺は理解した。なるほど、強盗か。きっと彼も予知書を持っており、自分の運命を悲観して凶行に及んだのだ。男の足音が遠ざかって行くのを聞きながら、俺は小さなうめきを上げた。  あっけない終わりだった。  仕事を急に休んでみたり、星良からの映画の誘いを断ってみたり。なんだかんだと理由を付けていたが、本音を言えば、俺はこの期に及んで運命に抗おうと必死なだけだった。後悔はないとか幸せだったとか強がってはみたものの、本当は死ぬのが怖くてしょうがなかったから。  だけどそんな俺の細やかな抵抗すら全部、運命の手のひらの上だったというわけだ。  ズキズキと痛かった背中がだんだんと感覚を失ってゆく。目がかすみ、意識も朦朧としてくる。身体が、心が、死という運命を受け入れていくようだ。  あぁ、もう、死ぬんだな……  俺は横目で星良の方をうかがう。気を失っているようだが、その背中は小さく上下している。まだ、生きている。気付けば俺は、数メートル前方に転がったケータイに向けて身体を引きずり始めていた。  なんでそんなことをしたのかは分からない。星良が生きるか死ぬかは、すでに運命によって決まっている。俺が何かしたところで今更変えることはできない。  そんなことは、今までの人生で痛いほど思い知らされてきたはずだった。  それでも俺は前に進んだ。  ずり、ずり。  鉛のような身体に鞭を打ち、血反吐を吐きながら。  ずり、ずり、ずり。  運命なんて知らない。ただ、星良を助けたい。星良を守りたい。  ずり、ずり、ずり、ずり、ずり。  死ぬな、星良。死ぬな。  ずり、ずり、ずり、ずり、ずり、ずり、ずり、ずり。    とうとう、俺の右手はケータイを掴んだ。血まみれの指で119番をタップし、掠れ声で辛うじて家の住所を伝えると、そのまま、意識を手放した……
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