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 布団に入ったけれど、全く眠れそうな気配はなかった。目を瞑ると今までの人生のダイジェストが脳裏に浮かぶ。俺は今日死ぬ。絶対に。議論の余地なく。  幸せな人生だった。あんなに恨んだ挫折の運命も、今となっては良い思い出だ。  同じ釜の飯を食った野球部の連中とは、一五年以上経った今でも親交が続いている。県大会決勝の愚痴は無限に飲める酒の肴だ。  本当に良い仲間と経験に恵まれたと思う。  それにあかねちゃんに振られたからこそ、俺は星良と一緒になることができた。星良はあかねちゃんほど器量は良くないかもしれないけれど、とにかく優しくて、温かくて、俺の心の傷口をそっとふさいでくれた。  星良に出会って結婚することは最初から運命で決まっていたのかもしれないけれど、星良の真の魅力に気付いて大好きになることができたのは、あかねちゃんと付き合った経験があったからだ。そういう意味では、あかねちゃんにも感謝している。  そして何より星良との夫婦生活。  まるで小さい子供が絵に描いた夢のような幸福の日々は、俺に真実の愛とは何かを教えてくれた。  何度生まれ変わったって俺は星良と一緒になりたい。そういう運命だと信じたい。  あぁ。本当に幸せな人生。  後悔など一つもない。満足だ…… 「きゃああああ!」  その時は不意に訪れた。星良の絶叫が俺を、子守唄のようにゆったりとした走馬灯から現実へと引き戻した。  ベッドから跳ね起きた俺は転げ落ちそうになりながら階段を駆け下り、リビングへと飛び込む。星良は床にうつ伏せで倒れていた。お腹のあたりからは、赤黒い血がゆっくりと流れ出している。 「星良っ、星良!!」  縋り付くように駆け寄りお腹の傷に手を当てると、星良は苦しそうな声を上げた。  血を、血を止めないと……いやまずは救急車を……!  ポケットからケータイを取り出そうとするが、手が震えて上手くいかない。数秒かけてなんとか引っ張り出した瞬間、背中を刺すような激痛が襲った。悲鳴を上げ、俺は星良の隣に倒れ込んだ。ケータイがごつんと床に落ちる。  頭上から興奮したような男の声が降ってきた。 「悪いな。こうでもしないと、俺の不幸な運命は変えられないんだ。恨むなら真眼見神を恨め」
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