羽有人と羽無人

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「寝坊したー! 遅刻だー!」  まだ慣れないスクールバッグを片手に階段を一段飛ばしで駆け降りる。  リビングのドアを勢いよく開けると、お母さんが一人で朝ごはんを食べていた。右手にお箸、左手にお茶碗、そして背中に生えた白い羽でお塩の瓶を持ち、目玉焼きに向かって瓶をしゃかしゃかと振っている。  器用なことするなぁ……ってそうじゃなくて。 「お母さん! なんで起こしてくれなかったの!」 「あら? 昨日の夜『もう中学生だから一人で起きられるし』って言ってたのはどこの誰だっけ?」 「うっ……そうだった……」  俺は踵を返して玄関に向かう。後ろからお母さんの「どうせ遅刻なんだし食べていけば?」という声がする。 「飛べばまだ間に合うよ」 「そ。気を付けて行きなさいよ」 「はーい。行ってきまーす」  玄関を出た俺はスクールバッグを抱えるようにして持ち直す。  そして最近生えたばかりの自慢の羽をばったばったと羽ばたかせ、地面から浮かび上がる。十メートルぐらい浮いたところでそのまま前傾姿勢をとると、身体は前に向かってゆっくりと進み始める。  はじめは上手く飛べなかったけれど、自転車みたいなもんで、一度慣れてしまえば意識しなくても安定して飛ぶことができるようになった。  スピードが出てきたらさらに羽を大きく速く動かし、高度を上げる。  この間まで通っていた小学校の屋上が見える。校庭の桜もちょうど今が見頃といった感じだ。バイバイと手を振りながら、目指すはもっと遠くの中学校。 「お、瑞樹くんおはよう。良い朝だね」 「ランドセルじゃないってことは、今年から中学生か。入学おめでとう」 「羽が生えたんだね。いやぁ、もうそんな歳か。早いもんだ」  空中で、出勤中のご近所さんたちにすれ違うたび声をかけられた。俺は毎回律儀にホバリングし、ぺこぺこと頭を下げる。  気にかけてくれるのはありがたいけど、遅刻しそうな今はちょっとだけうっとうしい。  それでもどうにかこうにかチャイムには間に合いそうだ。その証拠に、地上には羽の生えてないクラスメイトたちがぞろぞろと歩いている。  俺はその中に見慣れた内股歩きの坊主頭を見つけ、地上に向けて一気に高度を落とす。
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