羽有人と羽無人

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「豪! おはよう!」 「おはよう瑞樹。ていうか、上から声かけないでよ。びっくりするから」 「ごめんごめん」  青浪豪は小学生の頃からの友達だ。俺は豪の横に降り立ち、隣を歩き始める。 「いいなぁ、羽。僕なんか遅刻しないために必死に走ってきたのに」  豪の言う通り、額には全力疾走の証の玉のような汗が浮いている。俺は「お疲れさん」と右羽で豪の顔をあおいでやった。  無事ホームルームに滑り込みセーフを決めた後、一限目の社会科の準備をする。中学からは歴史について小学校の時よりも深く学ぶらしく、俺はそれをずっと楽しみにしていた。  社会科担当の先生が羽を小さく折り畳みながら教室に入ってきた。先生の指示で、教科書の最初のページを開く。 「まずは羽有人(エンジェル)羽無人(ナチュラル)の歴史について説明するぞ」  俺たち人間は大きく分けて羽有人と羽無人の二種類がある。その名の通り、羽が生えているかいないかの違いだけだ。  だけどその違いがなんで存在するのかを俺は知らない。小さい頃からどちらの人間も当たり前に周りにいたし、それを疑問に思ったこともなかったからだ。言うなれば、直毛か癖毛かの違いみたいな。  先生はおほんと一つ咳払いをして、黒板に文字を書き始めた。 「令和七年、天界から下りてきた大天使『ニコウェル』と人間との間に子供が誕生した。それが現在発見されている最古の羽有人『マキエル』である。  羽有人は時代を経るごとにその人数を増やし、今では世界の総人口の約四割が羽有人となっている」  ふむふむ。なるほど。つまり、天使の血を引いているのが羽有人、引いていないのが羽無人というわけか。  俺はつらつらとノートに黒板の文字を書き写す。 「羽有人には真っ白な羽以外にも、もう一つ特徴がある。それは、羽無人と違い邪悪な感情を一切持たず、清く正しい性質を有していることだ」  え、と思わず声が漏れた。他のクラスメイトたちもザワザワと騒ぎ出す。  羽有人と羽無人で羽の有無以外の違いがあるなんて知らなかった。だけど言われてみれば確かに、羽有人のご近所さんたちは皆すごく良い人だし、もちろんお父さんとお母さんも優しい。性格の悪い羽有人には今まで会ったことがない気がする。 「すごいなぁ」と斜め後ろの席の豪が呟く声が聞こえた。実感は湧かないけれど、俺は妙に誇らしい気持ちになった。
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