5人が本棚に入れています
本棚に追加
放課後。俺は勉強道具を仕舞いながら、社会科の教科書の最初のページを見返してみた。
羽有人は羽無人と違い、清く正しい性質を有する。
その一文を何度も指でなぞる。まるで自分という人間が無条件に肯定されたようで、気分が良い。
「瑞樹。良かったらこの後、家でゲームでもしない?」
羽無人の豪が声をかけてきた。きっと前から二人ともハマっている格闘ゲームのことだろう。俺は二つ返事で了承した。
「ちょっと待ってて。お前ん家行く前に、トイレだけ寄ってきたい」
俺は豪にそう伝え、トイレに向かった。
トイレに入ると先客がいて、三つ並んだ便器の奥二つから羽が生えているように見える。俺は一番手前の便器の前に立った。
「お前、堀川瑞樹だよな」
急に呼びかけられ、隣を見る。そこには赤みがかった茶髪の、そばかすが可愛らしい童顔系イケメンがいた。彼は確か同じクラスの……
「原くん、だっけ?」
「そうそう。で、こいつは福尾」
原くんの向こうで福尾くんが人好きのする微笑を浮かべている。彼もまたサラサラの黒髪がよく似合う塩顔イケメンだ。おまけに背も高い。
俺はぺこりと二人に向けて頭を下げた。
「これから俺たち遊ぶんだけど、堀川もどう?」
原くんが爽やかな笑顔で言った。
「え。いや、せっかくのお誘いだけど、先約が……」
「羽有人だけで集まって遊ぶんだけど、本当に来れない?」
福尾くんが俺の答えを遮った。羽有人だけ。その言葉に、羽の付け根がムズムズとうずく。
「えっと……うん。行けるよ」
「ほんと? 良かった! じゃあ、駅前で待ってるから!」
思わず了承してしまった自分自身に驚いているうちに、原くんたちは手を挙げて颯爽とトイレから出て行った。二人が去った後、急に豪に対する罪悪感が湧いてきて、胸がチクチクと痛んだ。
「豪。そういえば俺今日、用事あったんだった」
「え……そっか。それなら仕方ないね」
「ごめんな。今度絶対埋め合わせするからさ」
トイレから戻った俺は豪に嘘を吐いて先に学校を出、原くんたちと合流した。そこには男子だけでなく女子もいた。言っていた通り、全員が羽有人だった。
原くんたちと遊ぶのは信じられないぐらい楽しかった。しかもただ楽しいだけでなく、今までに経験したことのない不思議な高揚感があった。
この場に呼ばれたのは俺だけ。清く正しい性質を持つ、羽有人の。
気付けば胸のチクチクはすっかりなくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!