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 一か月前、のどかなユリシーズ王国に激震が走った。  国境を守る辺境伯家が、突如隣国であるアーサイト帝国に攻め入ったのだ。    屈強な帝国軍によって侵攻はたちまち鎮圧されたが、すわ戦争かと両国に緊張が走った。  帝国の皇帝は親兄弟を幽閉、殺害し、少しでも統治に異を唱える家臣があれば、直ちに排斥する無情な男だと有名である。しかし、皇帝は一方的な侵攻を不問に処すと伝えてきた。  条件はただひとつ。ユリシーズ王家の娘をひとり、帝国に寄越すこと。 「セラ、そうは言うが……。お前は体が弱いんだ。ずっと王宮で暮らそうと、約束したじゃないか」  末っ子のセラフィナは家族の愛を一身に受けて育った。生まれつき体の弱いセラフィナは、婚約者を宛がわれることもなく、王宮で静かに過ごしてきたのだ。 国王と王太子は、セラフィナをずっと手許に置いておけると、彼女を猫可愛がりしていたのである。 「だからこそ、なのです。お姉さまたちのように婚約を結ぶことで王族の責務を果たすことはできなかったけれど、これでようやく国の役に立てます。お願い、お父さま」 「セラ、お兄ちゃんはそんなの許さないぞ! セラを取られてみろ、今度こそ王家が帝国に攻め込んでやる」 「馬鹿者、なんということを言うのだ!」  王太子の頭を勢いよくはたくと、国王はうなだれた。 「戦争が起こることだけは避けなければならん。セラ、ふがいない父を許してくれ……」  セラフィナは微笑んだ。 「大丈夫です、お父さま。お兄さまもお姉さまたちも、心配なさらないで。わたし、立派に役目を果たしてまいります」
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