1人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話
佐々木真修の両親は女性同士のαとΩのカップルだ。
真修には兄と妹がおり、そのどちらもαで真修だけがΩだったが父と母は分け隔てなく育ててくれた。
しかし、優秀で聡明な兄妹に引け目を感じていた真修は半ば押し切るように高校卒業と共に家を出た。
古いアパートの暮らしは快適で、真修はカフェ店員として働きながら穏やかに暮らしている。
一人暮らしの生活に少し慣れた頃、真修は犬を拾った。
犬はプラチナブロンドの髪をしていて日々住む所を点々とし、パチンコで日銭を稼いでいた。
仕事の帰り道、パチンコ帰りの犬に「お前、いい匂いすんね」と声をかけられ、発情期が近かった真修はαの抗いがたいフェロモンに当てられ衝動的にその野良犬とセックスした。
「名前は?真修、いい名前じゃん。俺にも何か付けて」
犬は身分証の類を一切持っておらず、名前も忘れてしまったと言い張るので真修はその時テレビにたまたま映っていた中村倫也から犬を倫也と命名した。
それからなんとなく真修の家に居着いてしまった倫也は真修にパチンコ代をたかったり、時々大勝ちした時には現金やプレゼントをくれた。
真修は抑制剤が合わない体質で頭痛や目眩、酷い眠気といった副作用に悩まされていたので、発情期の度に嫌というほど抱いてくれる倫也の存在は極めて好都合だった。
「真修、煙草買いたいからお小遣い頂戴」
「えー?この間あげたばかりでしょ?」
「パチンコですっちまった」
「もー……、お手」
「ワン!」
「おかわり」
「ワンワン!」
「……はい、大事に使ってね」
真修が財布から一万円札を出すと倫也はひったくるように奪い取り、モッズコートのポケットに大事そうに入れた。
「さんきゅ」
倫也がくしゃっと笑ってじゃれつくようにキスをすると、そのキスはどちらからともなく自然と深いものへと変わっていった。
舌先を擦り合わせ、絡め合い、噛み付くように互いの唇を貪り合う。
「ちょっと、倫也!」
真修がドンッと倫也の胸を押して口付けから強引に逃れると、真修のほんのり紅潮した頬を見て倫也は「濡れちゃった?」と悪戯っぽく笑った。
「……濡れちゃった」
真修が観念したように恥じらいながらそう言うと、倫也は真修が先程綺麗にベッドメイクしたばかりのベッドに真修の華奢な身体を押し倒した。
「待って、眼鏡」
真修がクラシカルなデザインの眼鏡を外してサイドチェストに置いて安全確保をすると、倫也は「やる気満々じゃん」と口笛を吹いた。
「これ替えないだもん」
「はいはい」
緩くグレーのスウェットを押し上げている性器を「勃ってる」と揺するように握ると、真修はシーツに亜麻色のくせっ毛を散らしながら「あんっ」と素直に歓喜の声を上げた。
「……今日新台入荷の日でしょ?いいの?間に合わなくなっちゃうよ」
「バレてたか」
「バレバレ」
「今は新台より真修がいい」
倫也はそうかすれ声で囁くと、真修の唇を塞ぎながらスウェットとボクサーパンツを一気に引き下ろし、自身も全裸になった。
真修が自ら首周りの伸びきったTシャツを脱ぎ捨て生まれたままの姿になると、二人の興奮は最高潮になった。
「……真修」
「待ってゴム着けて」
「えー?」
「発情期近いんだから万が一デキちゃったらどうするの?」
「いいじゃん生めば」
「これ以上親泣かせたくないの」
「ひどぉ」
パチンっと音を立てて渋々コンドームを装着した倫也の性器は触れてもいないのに天を仰ぎ、真修は思わず生唾を飲んだ。
「挿入れて」
自ら膝裏を持ってししどに濡れたそこを恥ずかしげもなく晒すと、倫也は「エッロぉ」と舌舐りをし、指を入れずとも程よく弛んだそこへとゆっくり自らの性器を挿入した。
「あっ、ん……っ」
「動くぜ」
「ふー……っ、ふー……っ、はやく、うごいて」
真修が倫也の首の後ろに手を回し、腰の後ろに脚を絡めながらそう言うと、倫也は「動きにくいっつーの」と苦笑しながら額の汗を拭い、ゆっくりと腰をグラインドするように動かし始めた。
「んっ、あん、それいいっ!」
「真修、声デカい」
「……だって、気持ちよくて」
巧みに真修が声を上げるところを突きながら倫也は自らも登りつめていく。
次第に腰の動きが性急になり、一際早く叩きつけるように腰を振り始めると、真修は声なき声を噛み殺し、びくんびくんっと何度も身体を痙攣させながら射精を伴わない絶頂を迎えた。
「あっ、がっ、……んっ、んんっ!」
それを見届けた倫也が薄いゴムの膜を隔てて絶頂を迎え、最奥に擦り付けるように何度も何度も奥へ擦り付けるように腰を押し付けると、真修は焦点の合わない瞳で「あ、あ……あっ、あ……」とおもらしをした幼児のように勢いのない射精をし、恍惚とした表情でため息を吐いた。
「……倫也、良い子」
真修が倫也の何度も脱色して尚艶を失わない髪をわしゃわしゃと撫でると、倫也は「もう一万くれる?」と冗談めかして小首をかしげた。
「それとこれとは別。倫也すーぐ溶かしちゃうもん。今月厳しいんだからね」
「ちぇー……」
真修がくすくす笑いながら拗ねた子供のように唇を尖らせる倫也の首の後ろに腕を回してキスを強請ると、倫也は恭しく真修の形の良い唇を塞いだ。
* * *
発情期前の気だるさには起き抜けのセックスが効果てきめんだ。
ワイシャツに黒のベスト、細身のスラックス、サロンエプロンを鼻歌混じりに身につけると真修は同僚達に挨拶した。
「おはようございまーす」
「おはよう真修くん、先生、来てるよ」
「あ、はい。じゃあウォーターサービス行ってきます」
真修がウォーターピッチャーを片手に先生、早乙女稔のテーブルに近付き「お冷のお代わりは如何でしょう?」と声をかけると、それまで退屈そうに窓の外を見ていた稔の表情がパッと輝いた。
「真修!今日は来ないのかと思った!」
「嘘ばっかり。店長買収して僕のシフト把握してるの知ってるんですからね」
「バレてたか」
そう言って茶目っ気たっぷりに舌を出す稔は美大の大学教員だ。専門は油彩。
ある日偶然入った真修の職場のカフェで忙しなく働く真修の姿を見た稔はその姿に心を奪われ「俺の絵のモデルになってくれない?!」と声をかけた。
真修は「僕なんか恐れ多いです」と即断ったが、その日以来稔は真修が出勤する日は欠かさず毎日真修を口説きに店へやってくる。
もうかれこれ三年だ。
「いい加減折れてよ」
「いい加減諦めてください」
の押し問答は最早二人の合言葉だ。
「ヌードが嫌なら着衣でもいいからさぁ」
「そう言ってアトリエに連れ込んだら手八丁口八丁で脱がす気でしょう?騙されませんからね」
「バレてらぁ」
声をあげて笑う稔につられてくすくす笑いながら真修はΩの証とも言える細いチョーカーのようなデザインの金属製の黒い首輪に指を引っ掛けた。
この首輪は真修が家を出る時に母から贈られたもので鍵は真修が誰にも見つけられない方法で厳重に保管している。
真修は運命の番と発情期の自分の理性の飛ばし方を信じていない。
現に倫也に自ら首輪を引きちぎるような仕草で「噛んで!」とむずがるように懇願したことが何度もある。悲しいかな、Ωの性である。
そして、カムアウトされたことはないが見れば、いや匂いで分かる。目の前の俳優のような美貌の大学教員は確実にΩだ。
「俺ってそんなに信用ない?真修の彼氏が怒るようなことはしないよ」
「彼氏なんてずーっといませんよ。手のかかるワンちゃんなら飼ってますけどね」
「へぇ~、最近の犬って煙草吸うんだね」
「あはっ!」
真修が吹き出したように声を上げて笑うと稔はテーブルに頬ずえをつき「今朝はお楽しみだったようで」と真修の顔をじとりと見た。
「先生、それはセクハラです。それに、先生だっていつも違うΩの匂いがしますよ?」
真修が稔のコップに水を注ぎながらそう言うと、稔は「こいつは一本取られたな」と不敵に笑い、注がれたばかりの冷たい水を飲み干し「また来るよ」とウィンクをすると店長と軽く談笑して会計を済まし、真修に向かって手を振りその場を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!