壱 恋する乙女

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なんの事だか分からず先輩と顔を見合わせる。富宇先生がにこにこしながら私と先輩の顔を交互に見た。 「二人には今年の月兎(げっと)の舞に出る二人の控えとして、一緒に稽古してもらうわ」 先輩が目を瞬かせた。 「こういうの舞台用語でなんて言うんだったかしら。アンダー……アンダーシャツ?」 「富宇先生、それ野球部がユニフォームの下に着る服です。仰りたいのはアンダーステイじゃないですか?」 「そうそう! アンダーステイよ、アンダーステイ。二人にそれをお願いしたいの」 アンダーステイ────主演級の役を務める役者が怪我や病気で出演できなくなった時にその人の代わりに出演するために最初から一緒に稽古する役者のことだ。 それを、私と天叡さんが? 「去年の事があったからね、本庁が今年からはそうしようって決めたのよ」 去年の事、応声虫(おうせいちゅう)で瑞祥さんが倒れてしまい出演できなくなったことを言っているんだろう。 急遽代役を頼まれて、朝から晩まで稽古に明け暮れた日々を思い出す。あの時は不安とプレッシャーで押しつぶされそうな毎日だったけれど、今となってはいい思い出だ。 「ただ控えに選ばれただけじゃないわ。二年生の巫寿さんは来年の月兎の舞に雌兎役で内定してるってことだから、今のうちからしっかり稽古しましょうね」
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