壱 恋する乙女

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泰紀くんが親しげに「おお」と手を挙げて名前を呼ぶ。おそらく泰紀くんが所属する槍術部(そうじゅつぶ)の後輩なのだろう。 どうした?と聞き返されて、その子は首からおでこまで全部を赤くする。後ろに控えていたのは彼女の友人なんだろう。「頑張れ!」「行ける!」と彼女の背中を押している。 これはもしや、と皆の興味深げな視線が集まる。 「か、観月祭……"惚れた女がいるから"って断ってるって本当ですか!?」 数秒の沈黙のあとみんなが分かりやすく目を剥いた。爆発するようなざわめきの後、すぐにまた静まる。 皆泰紀くんの反応を待っているんだ。 固まっていた泰紀くんは忙しなく視線を泳がせたあと、人差し指で頬を掻いてひとつ咳払いをした。 「……んな事、どこで知ったんだよ」 「はぐらかさないでください!」 恋する乙女はいざと言う時急に逞しくなる。 迫力に圧倒された泰紀くんは驚いたように身体をのけぞった。 「お、おお……すまん。えっと、まぁ……その通り、だな。好きな子がいるから、そういうのは無理なんだ」 皆の目に「好奇心」という光がみるみる宿る。間違いなく後から質問攻めにあうだろう。 女の子は期待に満ちた瞳で泰紀くんに歩み寄った。後ろのお友達は「絶対いけるよ!」「あんただよ!」と小声で応援を送る。 偶然その声が聞こえた私は「ん?」と眉根を寄せる。何故だか不穏な流れを感じる。ひょっとして彼女たち。 「それって……私の事ですか!?」
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