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「あ、すみません。どうぞお先に」
「そんな…、最後の一冊なのに悪いですよ」
「いえ、いいんです。別に他の店にもあると思うので。それに今はネットでも買えますから」
「そうですか…、ありがとうございます。では遠慮なく」
そう言って本を手に取ると、彼女はすたすたとレジに向かって行ってしまった。
同じ本を手にした瞬間に運命を感じたのは、たまたまタイミングがピタリと合ったというだけではなかった。その本のタイトルと相まって、一目見た瞬間に恋に落ちたのかもしれない。独身アラフォーの身であるトモリは年甲斐もなく一目惚れをしたのだ。
その本のタイトルは、
ーー『本屋で同じ本を手に取って』ーー だった。
トモリは運命を感じずにはおれなくて、その場を動かずにレジの様子を伺ってしまう。すると精算を済ませた彼女はトモリの元に駆け足で戻ってくる。期待通りの展開にドキドキは止まらない。
「ごめんなさい、やっぱりこの本はあなたが持ってるべきだと思う」
「え?どうしてですか?」
「この本の筋書きがそうなってるから。もっと言うと、同じ本を手に取った二人は付き合うことになるわ。あの…、この後少し時間ありますか?もしよければ一緒にお茶でも」
トモリが断る理由なんてなかった。今思うと、この時彼女もトモリと同じように運命を感じていたのだろう。面と向かって会話をしていても、初対面のはずなのに変な緊張感が全くないことをトモリは不思議に思った。まるで旧知の仲であるかのように無理して話す必要のない安心感があるのだ。
午後の昼下がり、それから二人は近くのカフェに入った。
「あの…どうしてこの本を買おうと思ったんですか?」
「運命の人に出会うためって言ったら陳腐に聞こえますよね。でも本当なんです。もうすぐで三十路も終わってしまう。正直もう藁をもすがる思いというか。そんな中、この本には色んな出会いのエッセンスが散りばめられてると評判になっていることを知って。でもまさか、まだ読む前に出会いが訪れるなんて思ってもみなかった」
「僕もアラフォー独身なので出会いは求めてました。そんな中、あなたとこんな形で出会えるなんて。このまま行けば僕らは付き合うことになるんですよね?」
「物語の筋書き通りにいけば……まず間違いなく」
それから色々と話す中でトモリは彼女の人となりをある程度理解する。彼女の名はこの本の主人公と同じ”カオル”であること。OLで大企業の経理をやっていること。ここから徒歩十分ほどの近場に住まいがあること。一連のカオルの境遇はほぼ全て、この物語の筋書きに沿っているらしい。おまけに”トモリ”の名まで一致しているという。
「僕らはこの物語に沿って一緒に人生を歩むべきなのかもしれない」
「ただ、ひとつだけ先に伝えておくべきことがあるの」
「何でしょうか?」
「最後はハッピーエンドとは言い切れない」
「どうなってしまうんですか?」
「トモリは異世界に迷い込んで、行方不明になってしまうの。続編は今執筆中らしい。それが鍵を握ることになるのかもしれない」
「僕はそれでもこの物語をきみと始めたい」
「命がけかもしれないわ。それでもいいの?」
「もう覚悟はできてる。この運命に乗ってどこまでもいくよ」
カフェを出るともう夜になっていた。
夜空には月がふたつ浮かんでいることに、二人はまだ気がついていない。
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