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20 閑話① ~三日目(16話と17話の間)
公爵家の城内に入るや否や、ふんだんに使われた大理石や足がのめり込みそうな絨毯や、彫刻や絵画や美術品の数々に、思わず回れ右しそうになるマリサだった。
それからは、借りてきた猫より酷かったかもしれない。
右足と右手、左足と左手を交互に動かし壊れたロボットのように歩いていたらしい。ライアンにククッと笑われるまで気が付かないでいた。恥ずかしさを感じるよりも、自己に再起動をかけるのに必死だった。
「マリサ嬢、部屋で少し落ちついたらでいいから、姉、リラの訓練用の服を試着したまえ」
そう言って笑顔のままマリサの頭をぽんぽんと撫でた。
(あれ? なんかいい子いい子されたような……、子供? 子供扱い? 私二十八だよ)
顔に熱が集まってきて気持ちも落ち着かなくなる。複雑な心持ちでいたマリサは気付かなかったが、ライアンのぽんぽんに反応して、数人のメイドがのけぞったり瞬きしたり、頬を赤く染めスカートをきゅっと握ったりして悶えていたりした。
しかし、
「こほん」
とメイド長のアンナが喉を鳴らすやいなや、メイド達は頭を前に少し傾けて体制を整えるのだった。
「アンナ、今言ったとおりだ。姉の訓練用のものをすぐに用意してくれ。それと、今夜のディナー用と、他にもいろいろと見繕って欲しい。準備もなくお連れしてしまったのだ」
ライアンは去り際、「ああそうだ」と、アンナになにやらごにょごにょと告げてあっという間に行ってしまったのだった。
思考が再び停止しかけていると、アンナがマリサの手を包み込み、にっこり微笑んだ。
「さあ、お嬢様、お部屋までご案内いたしましょう」
マリサにあてがわれたその部屋は、乙女心を刺激するような、美しい客室だった。
絨毯は、新緑を思わせる温もりのある色をベースに抽象的な草木模様が描かれている。
家具は全てオフホワイトに統一され、壁紙はシルクジャガードで、淡い空色に森の木々と野原が描かれ、小花の上に蝶が舞っていた。
魔術時計の針、一つ分の半分ほどで湯浴みの用意をしますと言ってメイド達が出て行った。
この世界の時計も十二進法で、午前十二時間、午後十二時間。一時間の半分だから三十分ほどで準備が出来るのだろう。
一人になり気が抜けてしまい、ぼんやり立ったままでいると、魔石のシャンデリアが点灯して、背中がビクンと跳ねた。
文明社会からやってきたというのに、たった二、三日で、「日が落ちたら灯りが点く」という事実にうろたえてしまった。
僅かの日数で簡易テント暮らしが染み付いてしまった自分に、マリサは苦笑する。
猫足の丸いサイドテーブルの上には、紅茶と果物と小菓子が添えてある。
丸く絞って、中央にドライフルーツを乗せたクッキーを一つつまんで口に放り込んだ。
「はぁ、甘いもの食べると、目が冴えるー。でも、失礼だけど私が作る方がおいしいかな」
批評をしつつ、もう一つ、スティック型のチョコがけのものを口に運んだ。
「うーん、チョコの滑らかさやまろやかさが足りないみたい。ざらっとしてるもの」
偉そうではあるが、やっぱりチョコレートは口解けが命だと思うのだった。
紅茶を口に含んでみる。
ふぅーっと一息付く。
「これ、けっこうおいしい! ダージリンのオータムナルみたいな、こっくりとした風味だわ」
紅茶をもう一口飲むと、マリサは天蓋つきのベッドにバサッと仰向けに倒れこんだ。
「ベッドに寝られるなんて、嘘みたい。しかもお姫様が眠るような天蓋付き! その上リアルお城に泊まれるだなんて」
こんな贅沢をしてテントに寝袋の生活に戻った時のギャップにどう耐えようなどと思っている内、強烈な睡魔が襲ってきた。
これはマズイ! と、自分の脇腹をおもいっきり抓った。
「うーっ!」
痛すぎてもんどりを打つマリサだった。
「はぁ、早く文化的な生活を送れるようにがんばらなくっちゃ。そうそう、ポイントと私のレベルを確認しなきゃだよ!」
パシパシッと頬を両手で叩いて、身体を起こした。
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