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点滴が終わりタクシーを呼んだ。車椅子を借りて病院の外に出るとちょうどタクシーが来た。タクシーからは今朝の運転手さんが降りてきた。
「お待たせいたしました……あ、これはどうも」
「またよろしくお願いします」
「こちらこそ」
運転手さんは私を後部座席に丁寧に乗せてくれた。ちっとも足は痛くなかった。座ってシートベルトをはめている間に、運転手さんは病院へ車椅子を返してきてくれた。
「お家でよろしいですか?」
「はい。何度もすみません」
「とんでもないです。毎度ありがとうございます」
物腰が柔らかくて穏やかな運転手さんだ。そのせいか、ちょっとグチを溢してしまった。
「そうですか。神様同士でケンカですか。いや、そんな事はありませんよ」
「そうなんですか?」
「神様は人間みたいにケンカなんかしませんよ」
「じゃあ何でこんなに不幸が続いちゃったんだろう」
「あなたは不幸なんかじゃありませんよ」
運転手さんの話によると、これは神様がくれた休暇だそうだ。確かに安い給料なのに忙しく働いていた。有給なんて全く取れていない。でも怪我をして取る事ができた。入院するほどの怪我ではなかったので安くすんだ。心配してくれる同僚がいる事、骨折せずに済んだ事は幸せな事だと運転手さんはいった。
「そうですよね。階段から2回も落ちたのに骨に異常なかったんだもの。それに買い出ししてくれたり病院に連れてってくれる同僚もいる」
「有り難いですね。感謝しなきゃいけませんね」
本当にそうだ。私は感謝を忘れていたのかもしれない。ただ願い事を叶えたくて、御札やお守りを集めただけだった。次から次へと願いが浮かんできて、前に何を願ったのかも忘れていた。願いが叶った事にさえ気付かずにいた。欲張りで我儘で恩知らずな人間だった。
「丈夫に産んでくれた両親と、面倒をみてくれた同僚と、それから感謝する事に気付かせてくれた運転手さんに感謝です。ありがとうございました」
「いやいや、私なんかいいんですよ。年寄りの戯言に耳を傾けてくださって、こちらこそ感謝です」
前回と同様、運転手さんは私を優しく2階まで連れて行ってくれた。運転手の仕事以上の事をしてくれた。感謝しかない。私も運転手さんみたいな人間になりたい。心からそう思った。
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