燻る、シガー

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 その後のことは、ショックで記憶にない。  ロボットみたいに仕事して、熱出して、宵さんに迷惑をかけたことだけは覚えているから最悪の記憶だ。  で、現在も彼氏と別れていない宵さんに望みのない片思いをしつつ、喫煙所で虚しい逢瀬を重ねているから俺はほんとにどうしようもない。    ────あっという間に、師走。  あらゆるプロジェクトが完了のフェーズに入り、皆がどこか12月の空気に浮ついている。  宵さんが主導していたプロジェクトは、納期遅延も有り得たが、機械のメンテナンスと部品交換、作業プロセスの見直しをした上で、他の供給元も確保し、どうにか納期に遅れが生じることを免れたらしい。  それで、だ。 「きたねー、クリスマス商戦に年末進行」 「どっか南の島とかに逃げたいっすね」 「逃げちゃおっかー」 「そーしますか」 「おいおい、やる気のないそこのふたり! 部長怒っちゃうぞ!」  と言いつつも、部長は怒ったりしない。  娘溺愛、子煩悩の御歳48歳の部長は温厚という言葉を体現したような人だ。限界営業部が仲良いのは、この人のおかげと言っても過言ではない。  俺と宵さんは、部長のことを影でこっそりラッコさんとあだ名をつけて呼んでいる。理由は明快、ラッコに似てるから。  なんつーか、いいよな。このふたりだけの秘密。
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