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Prologue 五月晴れ
その日はとても天気がよかった。
赤、青、黒のこいのぼりが、屋上ではたはたと泳いでいる。
中庭には大きなケヤキの木が一本生えていた。太陽の光を浴びて葉の葉脈がくっきりと浮かび上がり、透けている。風が吹くと葉擦れの音がする。
木陰には、真剣な顔つきで小説を繰るパジャマ姿の少年。
木製のテーブルベンチの上に手作り弁当を広げ、玉子焼きを箸でとる妙齢の女性栄養士。その向かいには、食後のお茶を一服している中年の女性事務員。
人口池の前の腰掛けに座り、コンビニエンスストアで買ったサンドイッチを黙々と食べる研修医の男性。
その横を車いすに乗った老女と、車いすを押す壮年の男性看護師が通り過ぎていく。
軽快なオルガンの音色に合わせて子どもたちの陽気な歌声が聞こえてくる。どうやら院内学級は今、音楽の時間らしい。
中庭のある階とは対照的に、病院の最上階のフロアは空気は、どんよりとしていた。まるで黒い雲が空一面を覆いつくし、土砂降りでも降らせているかのようだ。
最上階には、高級ホテルのスイートルームさながらに広々とした、ひとり部屋が四部屋あった。
一昨日までは、人懐っこい性格をした子犬のような少年がいて、フロアは活気に満ちていた。彼は一年の療養を経て病を完治させ、退院したのだ。
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