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第1章 ある男の意見
今でも【亡霊】が何者だったのか、よくわからない。
単純に考えれば、この世に未練を残した祖先の霊だ。
あるいは魂の番と結ばれなかった祖先の怨讐が遺伝子に刻まれ、「俺」という肉の器を媒介にして出現したのかもしれない。
はたまた、強さを求めているうちにできた別人格だった線も否定できない。
どちらにせよ俺の身体に取り憑くことでしか現実世界に干渉できなかった【亡霊】は、いつの間にか俺の肉体を離れて、実体を得た。
俺とは異なる別個の人間として、己の人生を歩もうとしたのだ。【彼】の戸籍ができ、その姿は過去の写真にまで写るようになった。【あいつ】が力を増せば増すほどに現実が夢となり、夢が現実となる奇妙奇天烈な異常事態が発生した。
だが明けない夜はない。
【亡霊】の悪しき野望は打ち砕かれ、長い悪夢は終わりを告げた。
徐々に「あの世」と「この世」、「現実」と「夢想」という形で線が引かれ始めている。
まだ三十手前の年齢だが、数えきれないほどのものを失った。
もしも俺が魂の番と出会っていなければ、【亡霊】も目覚めることはなかった。
そうすれば多くのものを失わずに済んだのかもしれない。
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