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「マサムネくん!」
目蓋を泣き腫らした紫織が、両腕を広げて政宗を抱きしめる。
「クゥウン」
政宗は尻尾を振りながらピッタリと紫織に寄り添った。ここは彼女の部屋で、法眼の他に、叔父の鬼多見悠輝と政宗の相棒である柴犬の梵天丸が居た。
「うむ、無事戻って来たな」
法眼が政宗の頭を撫でた。
「クゥ~」
「さて、後はコイツをどうするかだな」
畳の上に政宗が拾ってきた緑に光る球体が転がっている。ただし、一本の亀裂が入っていた。悠輝の裂気斬の跡だ。
「大した魔物だ。妖力を隠蔽して、結界が張り巡らされたこの寺に潜入するとは」
法眼が凄む。
わ、私は魔物ではない。私は異世界の神で……
「異世界なんてフィクションだ、神仏だって存在しない!」
「寺で神仏を否定するな!」
頭の中に響く声は、この場に居る全員に聞こえているようだ。
「じゃあ、コイツが神だって言うのか?」
「そんなわけがあるかッ、早々に俺が滅してやる」
「勝手なこと言うなッ、これはおれが破壊する!」
法眼と悠輝は、今度はどちらが球体を破壊するかで揉め始めた。その隙を突ついて球体は浮かび上がり、悠輝に妖力を放つ。
「へぇ、精神操作の妖術を使うか」
悠輝がニヤリと笑う。
「これで政宗と紫織を惑わせて、この寺に侵入したわけか。
だが、この程度のレベルでおれを操ろうなんて五百年早い!」
右手の指をバッと広げる。
ば、化け物め……
「魔物が人間を化け物呼ばわりするなッ」
悠輝から験力が湧き上がり、球体へ向かって行く。
ぐぐぐ……
驚くべきことに、球体から呻き声が漏れた。
「まぁ、おれも精神に関する呪術は苦手だ。そもそも鍛えること自体難しいからな」
精神を操ったり記憶を覗き込んだりする呪術は危険だ、失敗すれば呪をかけた相手の精神を破壊する恐れがある。そして壊された精神は大抵元に戻らない。
「だが、魔物が相手なら色々試せる」
グガァアアアアアアアア!
球体は力を振り絞って逃げ出した、紫織の部屋の窓を割り、外へ飛び出す。
「逃がすか!」
悠輝が身を翻し、球体を追いかけようとする。
「ウン・タラタ・カン・マン」
法眼が真言を唱えた途端、悠輝の動きがピタリと止まる。それだけではない、球体も窓の外に浮いたまま動かなくなった。法眼が唱えたのは不動明王金縛りという動きを封じるための真言の最後の部分だけだ。真言は正確に唱える必要はない、験力を己のイメージ通りに変化させるための手段に過ぎないからだ。
悠輝が動かせる眼だけで法眼を睨み付ける。
「まったく、動きを封じるのが先だろう。割れたガラスで紫織ちゃんや犬たちが怪我をしたらどうする。
お前は大人しく、そこで見ていろ」
悠輝は何か言いたそうだが口が動かせない。法眼は無視して窓の向こうの球体と対峙する。
「オン・テイジュ・ジンバラ・サラバラダ・サダ・シッジャ・シッジャ・マニ・アラタンノウ・ウン!」
今度は己の敵を調伏すると言われる太元帥明王の真言を唱えた。
次の瞬間、球体は跡形もなく霧散する。
「マサムネくん、また、コレクションがなくなっちゃったね」
紫織がポツリと言った。
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