忘却の図書館

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 ほほー、この図書館に閲覧客が来るのは久しぶりじゃなぁ。  え? 図書館で話しかけるなんて、じゃと?  まぁ、よく見てみぃ。ここにはお主とワシ以外は誰もおらんじゃろ? 大丈夫じゃて。  さて、良ければワシが主を占ってしんぜよう。  ……何? 自分は本を探しに来たんだ、と?  ほほー。では主が探してる本の名前を言ってみぃ。ワシはここに居て長いでな。大体の本のことは知っておるでな。  ……名前が思い出せない? そうであろう、そうであろうなぁ、ヒョッヒョッヒョッ。  なになに、そう怯えんでもよい。お主の様にな、稀におるんじゃよ。本を探しに来ながらその名前を忘れてしまっておる者がな。  何、右手を出してみぃ。  占いなど要らんと?  自身の探す本の名前も思い出せないのに?  こう見えてもワシはそこそこ腕の立つ占い師でな。占う事で主の探してる運命の本も当ててみせようぞ。  ……そんな訝しげな顔をするでない。どうせ、アテがある訳では無かろう? ……最初からその様に大人しく手を差し出せば良いのにのぉ。  ふむふむ、見えてきたのぉ。  主、中々に深き縁を持つ者じゃな。  この若さであの有名な会社を興したのか。ほほー、こりゃまた大会社に成長したもんじゃ。  うん? あまり覚えとらん?  そーじゃろーな。  しかし……お前さん、因果なことをしてたよーじゃな。意見する者は誰でもすぐ首か。酒に溺れて女性社員を次から次に、とな。自殺した者もおるというのに、賄賂で無かったことにしとるな。  知らんじゃと? まぁ、今はそうじゃろうなぁ。なんじゃ、手が汗ばんでおるぞ。  ほれ、主が探していた本の名前がわかったぞい。 『横暴社長片瀬正俊ーーその生涯と最期』  これじゃな、そこにあるぞい。  なんじゃ、そんな焦ってページをめくるでない。本が痛むではないか。  なに? なぜ俺が殺されるのか、じゃと?  良かったのぉ、記憶が戻って。  そうじゃ、ここは死者の書が集まる古の図書館。ワシはそこの守り人よ。  稀にお主の様に、自身が死んだ事も忘れて本から舞い出る者がおるでな。  そんな主の様な者達のために失われた時間を思い出させてやるのがワシの役目よ。  ……ふむ。思い出して大人しく本に戻りおったか。やれやれ。ここは図書館なんじゃから静かであるのが良いのにのぉ。
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