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嘘と秘密の境界線-3
「今回の仕事はサイラスからの依頼です。あー……サイラスって言うのは仲間の天使で、今、セルヴァンで二番目に偉いんですが」
「え…っ? あ、あの、セルヴァンてセルヴァン大聖堂…ですか? そこで二番目? つまり教団で二番目に偉い……?」
「そうです」
正直、意味がわからなかった。
魔物と対極にあるはずの教団のナンバー2が天使? そんなこと、にわかには信じ難い。
「その辺も詳しくはレイから聞いて欲しいんですが……まあかなりざっくり言うと、俺たちは人間との共生を目指していて、その為にもサイラスを教団のトップにしたいんです。彼の立場を確固とするためにその手足となって動いている。今回の仕事もそうです」
「そう、なんですね」
言ってはみたものの、半分も理解出来た気がしない。そんなユーゴの様子にセオドアが困ったように笑った。
「この時点で賛同するのが難しいようなら、降りてもらっても大丈夫ですよ」
「いえ、大丈夫です」
困惑はしている。
でも『人間との共生』が可能ならユーゴだってそうしたいのだ。
「じゃあ、続けます。ええと、サイラスからの依頼内容ですが、最近、ルイーズの治安悪化が問題になっています。知ってますか?」
「いえ」
ルイーズは今からユーゴたちが向かう教団本部のある国だ。宗教と学問の国で、国土面積はさほど広くない。古い文化を大切にしながらも、医学科学魔法学どの分野においても最先端の知識や技術を取り入れている国で、人の往来がとにかく多いのが特徴だと聞いている。
「近年、ルイーズで開かれる闇オークションの規模がどんどん拡大していってるんです。それと比例するように、近隣の国から良くない商売をする連中が移り住むようになった。最近は特に東洋のマフィアが多いですね」
東洋と聞いてユーゴは少しドキリとした。ユーゴが生まれた場所も東洋だ。
基本的に魔物はある日突然、森の奥深くにある木の股から生まれる。そして生まれてからしばらくは近くにいた動物の助けを借りて育ち、ひとりで動ける大きさになると好きなところへ移動していく。ユーゴを育てたのも黒い熊だ。
出自を気にする魔物はあまりいないと聞くが、ユーゴはいつか生まれた森に帰ってみたいと思っていた。
「サイラスはこのオークションの拡大を警戒しています。治安が悪くなるのもそうですが、オークションで取引される品物自体が、凶悪化していっているからです。最初は獣人の牙だとか人魚のミイラだとかそういうものが主だったんですが、最近では屍鬼に使うための死体とか、そういうものがたくさん出品されているようです」
屍鬼という単語に、ユーゴは自分の隣をチラリと盗み見た。レイは特に表情を変えることもなく、じっと前を見ている。
「そこでサイラスは俺に、船の検品を緩くして、裏の人間が使いやすいようにして欲しいと頼んできました。それでこの一年、我慢して色んな物を運びました。裏の人間からは『間抜けな検品係が入って物を運びやすくなった船』と思われているようです」
見逃すのやって大変なんやからな。と赤髪の青年────テオがブツブツと文句を言った。その背を、まあまあとリアムが宥めている。
そんなふたりを見て、セオドアが苦笑した。
「まあそういう努力の甲斐もあって、今回、この船に『かなり良くない物』が乗ったようです。ただ、それが具体的に何なのかがわからない。なので『この船に乗った良くないものの正体』を見つけるのが、今回の仕事になります」
一通りセオドアが話終わると、泣きぼくろの青年、アランがスッと手を挙げた。
「大きな荷物は昨日のうちに積み込んで獣人組でザッと検品したけど、特におかしなものはなかった」
言ってアランがテオとタフィーに目で確認すると、ふたりもうんうんと大きく頷く。
「そりゃ武器弾薬とかよくない薬とか、そういうんは多少あったけど、いつも通り半分は目こぼししておいたで」
テオの発言にセオドアは「ありがとな」とねぎらいの言葉をかけて、「積み荷や乗客のリストも特におかしなところはなかった」と報告をする。
「でも、俺は逆にキレイすぎておかしいと思ってる。絶対、何かが乗ってる」
「……具体的に、セオドアさんは何が持ち込まれていると思っているんですか?」
ユーゴが訊ねると、セオドアがチラリとこちらを見た。
「魔物、か、人間」
「え?」
「嘘か本当か真偽は定かじゃないんだが、今回のオークションには『合成した魔物』が出品されるって噂がある。何をどう合成して魔物を作るのかわからないが、魔物同士を掛け合わせるか人間に魔物を掛け合わせるかのどちらかだろう。だから、部品になる人間か魔物が運ばれてると思ってる」
ユーゴは絶句した。
人間はまだしも、魔物なんて捕まえて運べるだろうか?
そう考えて、すぐにまたゾッとした。自分が捕まったときのことを思い出したのだ。
確かに幼年の魔物なら捕まえられなくもない。自分を捕まえた賊は間抜けだったから逃げられたが、ある程度体力を奪った後で魔力を持たせた紐か何かで縛って箱にでも入れてしまえば、運べないこともない。
カチッと鳴りそうになった歯をグッと噛むと、レイがユーゴの背を軽く撫でた。
「じゃあ、おれらはこの船内におる怪しい人を探せばいい?」
「ああ。こっちはもう一度積み荷の確認をするから、レイは人を中心に見て欲しい」
「了解。出来る? ゆーちゃん」
問われて、大丈夫とユーゴは首を縦に振った。
正直怖いけれど、もしかしたら自分と同じような目に合っている魔物がいるかもしれないと思うと、黙って見てもいられない。
「じゃあ、そういうことでよろしくお願いします」
セオドアがそう言ったのを合図に、皆が返事をしてそのまま戸口へ向かう。レイだけは呼び止められてセオドアの元に逆戻りした。
「なんか……ごめん」
部屋の外に出ると、タタタとタフィーが走り寄ってきてユーゴの袖を引いた。それから、申し訳なさそうにそう言って視線を下げる。
「タフィーのせいじゃないよ」
レイのことを言ってるんだろう。確かにびっくりしたし内緒にされていたのは腹が立つけれど、おかしいと思いながら聞きもしなかったユーゴにだって問題はあった。
「でも、本当にわからなかったんだ。確かにレイくんは人間にしては不自然で、でも、気配も味もちゃんと人間で……」
「あー……レイくん、ハーフだからね」
「ハーフ?」
ユーゴが首を傾げるとタフィーがコクンと首を縦に振った。
「魔物って普通木の股から産まれるじゃん? でもレイくんは人間の父親がいて魔女だった母親の腹から産まれたんだよ」
「そんなことあるの?」
「まあ実際いるからね。他にもうひとり知ってるし」
びっくりしすぎて何度も瞬きを繰り返すユーゴを見て、何故かタフィーは得意げに笑った。
「ハーフってさ、めちゃめちゃ力が強いか弱いか両極端なんだって。レイくん、普段あんなだけどすげぇ強いらしいよ」
そうなんだ。と感心していると、ガチャとドアが開く音がしてレイが出てきた。セオドアに怒られたのか、ちょっと疲れた顔をしている。
その顔をチラリと見て、ユーゴはタフィーに挨拶だけするとさっさと歩き出した。その後ろをあわてたようにレイがついてくる。
少し可哀想かなとも思ったけれど、ユーゴはまだレイから何も聞いていない。なあなあにするつもりはないのだと、態度で示したかった。
無言のまま部屋まで歩いて、客船ターミナルでもらっていた鍵をさす。ドアを開くと豪華な客室がユーゴとレイを出迎えてくれた。
でも、相変わらずユーゴは無言のまま部屋の中の探索をし、所在なげなレイはダブルベッドの上に膝を抱えて座って上目遣いにユーゴを見上げて……。───で、冒頭に戻る、という感じだ。
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