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接着×密着
ザリザリザリザリザリ……
ヤスリで角を削る音と、荒い息づかいが部屋の中に充満していた。
ベッドの上にぺたんと座ったユーゴの腰に、うつ伏せのレイがしがみついている。ユーゴの太ももに顔を埋めた状態だ。そんなレイの角の先の方に小皿とヤスリを当て、泣きながらユーゴは角を削っていた。
ボロボロと溢れる涙で視界が悪い。でもレイの角のひと欠片だって取りこぼすのは嫌だった。
レイの美しい黒い羽根はきゅうと縮こまって小刻みに震えている。本人は荒く息をつくだけでうめき声ひとつ漏らさないけれど、その羽根の様子やしがみついてくる腕の強さで結構な痛みに耐えているのは想像ができた。
「も、いい…?」
指定された量はティースプーン一杯だ。かろうじてあると思う。
ユーゴの問いかけに、レイはユーゴの腰に回していた手を解いてそろりと顔を上げた。
痛みに耐えていたせいかその額には汗が滲んでいる。元々白い肌は青みを帯びていて、きつく噛んでいたであろう唇だけが鮮血みたいに真っ赤だった。
「ごめん…」
呟くように言った途端、また目からポロポロと涙が溢れる。
「なんでゆーちゃんが泣くん?」
そう言いながらレイが起き上がった。それからユーゴか持ったままだった小皿を受け取ってナイトテーブルに置く。
「嘘。嫌なことさせてごめん。怖かったね」
涙の跡が残った頬を親指の腹で拭われて、ドキッと心臓が鳴った。そのまま片手が後頭部にまわり、もう片方の手がユーゴの背をぎゅうと抱きしめる。
「ありがとう。ゆーちゃん」
身体の奥がきゅうとなって苦しくて、ユーゴはぎゅうとレイにしがみついた。もう泣く必要もないのに涙が溢れそうになって、あわてて奥の歯をきつく噛む。
「でもさぁ、おれの角削りながらボロボロ泣いてるゆーちゃん、めっちゃ可愛かった」
「…馬鹿……っ」
トンと胸を拳で叩くと、ふふっとレイが笑う。
「じゃあさっそく、くっつけよっか?」
言ってユーゴを解放すると、レイはするりとベッドから降りた。それからナイトテーブルの上に置いてあった瓶を手に取る。蓋を開けて中身をたらりと小皿に入れると、黄色い液体がレイの角の粉と混じってパチパチと小さな音を立てた。それを象牙色の木のヘラで混ぜ練っていく。すると黄色の液体が緑色に変わり、とろりと粘度を纏った。これが接着剤になるらしい。
「うん。ええね。ゆーちゃんこっち来て」
手招かれてもそもそと動き、ベッドの縁に座る。刺激で羽根まで出ちゃうかもしるないからと
レイに言われ、上半身の衣類を脱ぎ、羽根を仕舞ったまま角の根元だけを出現させた。次に箱から取り出した角が、ポンとユーゴの手のひらに置かれる。
「角の巻き方の感じで、右かなぁって思うんやけど、どう?」
言われてユーゴは自分の角をまじまじと見た。表面はつるりとしていて、石のような手触りだ。根元から真ん中くらいまでは緩いカーブを描き、先の方にだけが少し内側に巻いている。
「右でいいと、思う」
「角度はおれと同じくらい?」
「うん」
「了解。じゃあ、ちょっと舐めるね」
舐める…? と疑問に思ったのと同時、レイがユーゴの髪をかき分けて角の断面をペロリと舐めた。びっくりして出そうになった声を左の手で口を覆って抑える。
ユーゴの角は折れていて、かなり過敏だ。触られるだけで鳥肌が立つのに、舐められて平気なわけがない。
「や、やだ。なんで…っ」
「だってゆーちゃんのここ、めっちゃ乾いとるんやもん。ちょっと濡らした方がええから、我慢して」
「む、無理っ」
「大丈夫。痛くせんから」
そういう問題じゃないと首をふるふると左右に振ったけれど、レイはお構いなしにもう一度角の断面をペロリと舐めた。今度はさっきよりも大きく肩が跳ねる。我慢が出来なくて、ベッドの上に角を置くとレイの腰にぎゅうっとしがみついた。
痛いとかそういうわけではないのだ。レイに舐められる度に背中からぞくぞくと何かが這い上がってきてたまらない。たぶん、続けられた、あんまりよくない気が、する。
「んん…っ!!」
真ん中の辺りを執拗に舐められて、抑えきれずに声が漏れた。恥ずかしくてグリグリと頭をレイの腰に擦りつけると、頭上であははと笑った声がする。
「レイくんっ!」
「ごめん。可愛くて、つい。まあそう怒らんで。ほら、付けるよ」
ちょっと釈然としない気持ちで、ユーゴはレイの腰に回していた手を解いて顔を上げた。塗るよと声がかかったと思ったら、右の角の断面がひやりとして、ビクッと肩が跳ねる。それからあわててさっき放り出してしまった自分の角を回収してレイに手渡した。
「ありがと」
ニコッと微笑まれてうっかりそれに見惚れる。するとレイは受け取った角の断面の方を、躊躇いもなく自らの口の中に入れたのだ。
「えっ!」
意図せずに出てしまった声にレイが不思議そうな顔をする。
いや、わかる。さっきと同じだ。年代物の角の断面が乾燥しているから、湿らすためにやっている。わかる。わかっている、けど。
角を口に咥えたまま、どうしたん? と不明瞭な発音でレイが訊いてくる。でも、もごもごと動くレイの口に自分の一部が入っている図は、なんだか、大変によろしくない。
控え目に言っても視覚の暴力だ。
「なんでもない」
サッと顔をそむけると、レイが、動いちゃ駄目やって! とユーゴの顔を元の位置に戻した。
「もうちょっとやから我慢して」
ユーゴの角を口から外してそう言うと、レイはその断面にも緑色の接着剤を塗る。そしてそれをそうっと、ユーゴの角の断面にくっつけた。
一瞬、ピリッと感電したような感覚がして、ユーゴは思わず肩を震わせる。痛い? と訊ねてきたレイに大丈夫と伝えると、彼はふうと大きくため息をついた。
「どんな感じ?」
どんなと問われても、ユーゴには正直よくわからない。多少、違和感があるけれど、それだけだ。
「付けた角の方は小さいときのままやからね。見た目がちょっと不格好やけど……大丈夫! いっぱい精気取り込めばすぐ、今のゆーちゃんにぴったりのサイズまで大きくなるよ!」
ニコニコと機嫌良さそうなレイに微笑み返そうとして、ん? と疑問が頭の中をよぎる。
いっぱい、精気を取り込む……?
「うん。船に乗ってる間は礼拝ないし、時間気にせんでええから、頑張ろうね!」
何を? とは聞く気にならなかった。
もしかしたらレイは、最初からそのつもりで移動にこの船を選んだんじゃないかとまで思えてくる。
「そ、その前に聞きたいことがまだ…っ」
言いながらじりじりとにじり寄ってくるレイの胸を押し返すと、「えー…」と不満げな声が返ってきた。そのままちょっと不満げに唇を尖らせたレイに手を片方取られる。思わずそれを凝視していると、上目遣いにこちらを見たレイとパチリ目が合った。ドキッとして引こうとした手は逆に引き寄せられ、指先に口付けられる。
「後じゃ、だめ?」
ぐ…っ、とユーゴは息を飲んだ。
反則だ。
そういうのは卑怯だ。
だって、そんなの、上目遣いとか指先にキスとか、そんなことされてユーゴに「駄目」が言えるはずがない。
「あ、後で根掘り葉掘り聞くからね!」
「どうぞ」
そう聞こえたと思った途端、手首を掴んでぐっと引き寄せられ、ユーゴはレイの上に倒れ込んだ。
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