『聖女』の襲撃②

1/1
前へ
/17ページ
次へ

『聖女』の襲撃②

「フローラ様の邪魔をする厄介者め! お前がこの世に生まれたのが悪いんだ。生まれた時から忌々しい、あの女の子供……! お前さえいなければ!!」 「オルカ、下がれ!」  もう、かつての侍女頭には誰が誰なのかも見えていないのかもしれない。めちゃくちゃに振り回していた短剣をノルヴィウスに弾き飛ばされても、オルカへと無理やり手を伸ばしオルカの袖をかすった。  ノルヴィウスが即座にオルカを抱えて後退すると、激しい炎が彼女を襲う。 『我のオルカに、触れるな!!』 「シュニー⁈」  双翼を逞しい背に生やした巨躯の白虎が躍り出てきて、咆哮を上げた。  神話やおとぎ話で語られる神獣そのものの姿に、オルカの家族たちだけでなくタスに連行されて戻ってきたフローラや、シュニーの炎を受けた侍女頭自身すらも驚愕の表情を浮かべる。 「怪我はないか?」 「大丈夫です。シュニーもありがとう」  オルカの周囲をグルグルと歩き続けているシュニーにも声をかけると、神獣はいつもと同じ子猫の姿に戻り、オルカの鞄の中へと潜り込む。 「神獣から受けた傷なら、大変だな。血のつながった身内から血を分けてもらわんと、命が助からないとかいう……」  助けてと繰り返していた侍女頭は、オルカの父が漏らした言葉を聞きつけるとパッと顔を上げてフローラへと視線を向けた。 「フローラ様、お助けくださいまし! 血を分けて、私をお助けください! 私は、あなたの……!」 「はあ? なんでわたくしが? 貴女一人が神獣の怒りを買ったのだし、わたくしはシャイデ侯爵家の娘よ。いくらずっと我が家の侍女頭を務めてきたからといって、家族と同じ扱いにはならないわ。当たり前でしょう?」  そう冷たく言い放ったフローラの言葉に、侍女頭はとうとう号泣すると地面に這いつくばった。 「私とフローラ様は……血のつながった、親子なのです……!」 「わたくしはシャイデ侯爵家の娘なの! わたくしが子供の頃から仕えていたくせに、おかしなことを言わないでちょうだい!!」  もはや絶叫に近い金切り声を上げるフローラと号泣し続ける侍女頭は、地面でのびたままの男たちと一緒に、オルカの母が呼んでくれた自警団たちによって回収されていった。  そのまま両親と兄も自警団たちについて行き、二人は取り残されてしまった。 「助けてくださってありがとうございました。お仕事中、でしたよね」  喧騒も少しずつ遠ざかっていき、周囲にはいつも通りの静寂が戻ってきた。  手紙だけ置いて王宮を去ってから、初めての再会となる。気まずいけれど、どうしても話したくて声をかける、と。返事の代わりに、オルカはノルヴィウスに強く抱きしめられた。  オルカも我慢できず抱きしめ返すと、ノルヴィウスの唇が己の口もとと触れ合う。 「無事で良かった……オルカ」  ノルヴィウスがオルカの名を呼ぶ声がとても優しくて、オルカは泣きそうになった。 「このまま連れ去りたいくらいだ」 「でも、ノルヴィウス様は結婚するお相手がいらっしゃいますから」  ノルヴィウスなりの王族ジョークなのかな、と少し身体を離してオルカが首を傾げながらそう返したところで、唐突に笑い声が聞こえてきた。 「シュニー? どうしたの?」 『ヒーッヒッヒッ! 見ろよ、オルカ! ノルがめちゃくちゃ変な顔になっている!! 勘違いされた挙句、逃げられて。いい気味だ!』 「うるさい、神獣。お前も『私』だろう。いい加減戻れ」  普段から顔色なんて変えたことのないだろうノルヴィウスの顔が、赤く見えるのは気のせいだろうか。へいへいと、ぶっきらぼうに思えてどこか嬉しそうに聞こえる返事と共に、シュニーは姿を消した。 「シュニーが姿を……?」 「あれは私から勝手に離れて出歩くこともあるが、もとは同じ存在だから。それより、オルカ。私が生涯を共に過ごしたいのは、オルカただ一人だ。他の誰かを伴侶にするなどと、ありえない」 「でも、結婚式が……」  それは、両親が浮かれて勝手に話を進めようとして……と、ノルヴィウスにしてはこれまた珍しく答えに窮している。 「それに、僕が相手ではお世継ぎが」 「王太子の代わりなら弟たちがいる。【神獣の庭】が荒れる度に……周囲にとっては原因不明の体調不良を繰り返せば納得しない者はいないし、現に両親は納得済みだ。王族としての務めはこれからも果たしていく。だが、すべてにおいてオルカの気持ちを優先したい。私を選んでもらえたら……これからも共に歩めたら嬉しいが、オルカがやりたいことの枷にはなりたくない」  緊張した面持ちで言葉を重ねていくノルヴィウスがとても愛しく思えて、彼を想う気持ちは溢れていくばかりだ。 (ああ、そういえば。王宮に行く前も、やりたいことがあるなら大事にしろって言ってくれたっけ)  死ぬ前は、以前の自分では、どうあがいてもきっとあの最後でしか終われなかった。  それなら、今度は。 「僕もノルヴィウス様と一緒に歩めたら、嬉しいです」  ちゃんと返事になっているだろうか。そう心配する間もなく、オルカは再びノルヴィウスに抱きしめられていた。 「お二人さーん、盛り上がっているところごめんねえ。ハイルさんに郵便だよおー」  間延びした郵便使の声に、オルカは慌ててノルヴィウスから離れると、エリザからの手紙を受け取った。 「……場所を、変えようか」  ノルヴィウスに言われて、オルカは顔が熱いまま頷くと、差し出されたノルヴィウスの手を取った。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

315人が本棚に入れています
本棚に追加