死からの回帰と闇の神獣①

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死からの回帰と闇の神獣①

(すごいな……死ぬ間際って、幻が見えるんだ……)  衰弱したまま薄着で極寒の北の地へと追放され、もう寒さすら分からなくなっているのに。 『オルカ! こちらを見ろ!』  必死そうな声で、名前を呼ばれた。  頑張って目をこじ開ければ、この国で王の次に高貴で男前な幻が、オルカの体を抱え上げようとしている。すっかり冷え切っているだろうオルカの体に、その人の手は幻なのに温かく感じられた。 (こんなすごい幻を最後に見るなんて……都合が良すぎるかな?)  オルカのことを嫌っているはずのその人が、そして今も怒っているだろうその人が、まるで心配そうにオルカを見ている。  優しく触れて、しかも声をかけてくれるなんて。  オルカは最後の勇気を振り絞って、その人の顔を見つめてみた。  この大国の若き王太子であり、短い黒髪と鋭く切れ上がったはしばみ色の眼差しを持つ彼は、美形揃いの王族の中でも一番と謳われるほど端整かつ精悍な顔をしている。  いつもはきっちりと整えられている黒髪も今は乱れていて、常に冷徹に見えていた精悍な顔は苦しそうに歪んで見える。  だから、これが幻なのだとオルカには分かった。  そんな王太子のはしばみ色の瞳には、輝きを失った白銀の髪と青白い顔をして、死にゆく者の目をしたオルカが映っている。そこには、家族たちが可愛いと頭を撫でてくれて、いつでもニコニコと笑っていた少年の面影は何ひとつ残ってはいない。  幼い頃、兄から羨ましがられた薄群青色の瞳も、今はただのガラス玉みたいだ。 (いつも、ノルヴィウス様の怖い顔しか見たことなかったけれど……)  幻とはいえ、こんなにもいつもと違う表情を見られるとは。   そうだ。  この人は、幻なのだから大丈夫。安堵して全身の力を抜くと、オルカは微笑んだ。  ちゃんと、そう見えたかは分からないけれど。 『さ……ら、ノル、で、か』  さようならです、ノルヴィウス王太子殿下。 『無理はしなくていい! 今、暖かい場所に連れて行くから、もう少しだけ持ちこたえてくれ!』  王太子がオルカに向かって吠えるように叫んだけれど、オルカの方は芯まで冷え切ってしまったせいで、もう声らしい声も出てはくれない。  雪原の中に放り出されて、たった一人。  オルカが元気に王宮で過ごしていると、今も信じているだろう家族たちにすら別れを言えなくて、すごく悲しくて寂しかった。  最後に幻だけでも、嫌っているはずの自分のところに憧れだった方が来てくれて、嬉しかった。  ああ、もうこれで。  心残りは――。 『アーハッハッハッハ!! ほら、憎いだろう! お前を罠に嵌めてこんなにボロボロにしたヤツらが! 心残りだらけで恨めしいだろう!』  唐突に子供の笑い声が聞こえてきて、オルカは驚いて飛び起きた。  もう動くことは無理だと思っていたのに、今は寒くもないし身体も軽く感じる。  「えっ? え……?」  声は子供のものに聞こえるが、オルカには聞き覚えがない。  慌てて周囲を見回すと、既に王太子・ノルヴィウスの幻は消え去っていたが、オルカが追放された先である、あの無慈悲な雪原でもなかった。  ここは、死後の世界なのだろうか?  それにしても、この場所には見覚えがある。 (……そうだ、【神獣の庭】だ!)  庶民の子供でしかなかったオルカが聖女の従者に選ばれ、王宮で過ごした際に一番出入りしていた場所。つい最近まで訪れていたはずなのに、今はこんなにも懐かしく感じてしまう。  しかし、自分が通っていたあの頃と同じ場所とは思えないくらいに、【神獣の庭】は荒廃している。  夜なのもあいまって、そのあまりのもの寂しさに心を痛めていると、オルカが寝ていた場所の近くにある茂みから小さな獣がひょこりと姿を現した。 『ふふん。我のこの邪悪たる姿に恐れおののき、声も出ないであろう。我こそはヤミオチした闇の神獣である! さあ怖いだろう?!』  子供の声は、その獣が発しているらしい。  闇の神獣と自称している幼獣は、闇や邪悪などという言葉からは程遠いほどふわふわとしていて、白と黒の模様が入った柔らかそうな毛並みに、ぱっちりとしたはしばみ色の瞳が愛らしい。全体的にどこからどう見ても虎の幼獣にしか見えず、大きさも成猫より一回り大きいくらいといった感じだ。 「とっ、とっても可愛らしい……ですね……」 『かわ……? 我は恐ろしい存在なのだ! 可愛いのはそっちだ、愚か者‼ くっ、まあ我の姿が見えるだけでも良いか。それより、お前』 「僕はオルカといいます、闇の神獣さま」  オルカが丁寧に返すと『うむ、もちろん知っておる!』と愛らしい闇の神獣が誇らしげに頷き返す。 『ここは死後の世界で、お前は死んだ。生きていた頃のお前は良いように散々利用された挙句、捨てられたのだ。ここまで無残で哀れで過酷な終わり方では報われないだろう! さあ、お前もヤミオチをしてここの住人になるのだ! ここには我しかいないのだから!』   相手がゾッとするような姿をした死神ならともかく、とても愛らしい闇の神獣が放つセリフは仰々しい割に「寂しいからお友達になろう?」とオルカの頭には変換して聞こえてくる。  あの苦しさや凍える寒さの感覚も気づけば消えていて、オルカは自分の口元が緩むのを止められなかった。
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