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死からの回帰と闇の神獣②
闇の神獣のすぐ近くまで行くと、オルカは思い切ってその隣に座り込んでみた。びくりと小さな体が震えたけれど、近くにいるだけでポカポカする感じがする。それから、家族たちと過ごしていた頃を思い出して笑顔を浮かべ、穏やかに話しかけてみた。
「ごめんなさい、違うんです。僕はとっても不器用で、聖女のフローラ様をよく怒らせていたからなんです。僕なんかが、聖女様の従者になりたいなんて思い上がってしまったからこうなってしまって……だから、僕は誰かを恨んだりとかする資格なんてないのです」
『はあ?! みんなして、オルカをいじめて……ひどいヤツばっかりだったぞ! ノルも、オルカがいなくなって後悔するくらいなら、もっと早くオルカを信じて助けてくれたら良かったのに……! だから我は……我は!』
闇の神獣が叫ぶ言葉を聞きながら、自分が選ぶ道を間違えてしまった時のことを、思い出す。
領地内の子供なら、誰でも聖女の従者に立候補できると聞いて、夢を見てしまったあの瞬間のことを。
あの無慈悲な雪原に一人ぼっちで追放された時、『これで苦しいのが終わるんだ』と安堵したこともオルカは思い出した。
「父さんも母さんも、赤ん坊のころに親から捨てられていた僕を拾って、ずっと大切にしてくれていたのに。兄さんだって、本当の弟みたいに僕のことを可愛がってくれていたのに。大切なみんなに、恩を返したかったのに……僕は、何もできなかったのです」
もう、死んでしまった。彼らに、別れの言葉を告げることもできなかった。
次から次へと後悔の念とかそういうものがオルカの心に浮かんで来て、とめどなく涙が零れ落ちていく。膝に顔を埋めてしまったオルカの頭を、温かなものが撫でてくれるのを感じた。
『な、泣くな! 泣いたら、立派なヤミオチはできないんだぞ?!』
ヤミオチというのがどういうものなのかオルカにも分からないが、一生懸命慰めようとしてくれている闇の神獣の優しさに、笑顔が少しずつ戻ってくる。
『分かった、決めた! 立派なヤミオチをするには、完璧なフクシュウを行うべきである!』
「ふ、フクシュウ?」
覚悟を決めたような、闇の神獣のキリっとした声音に驚いて、オルカは頭を上げる。
『完璧なフクシュウこそが、至高! オルカ、我の邪悪なる力で時間を巻き戻すぞ! いいな、お前は完璧なるフクシュウを行うのだ、完璧な!』
「ええと……か、完璧なフクシュウとは何をどうすれば……。闇の神獣様は一緒に来てくださらないのですか?」
え、と可愛らしい闇の神獣が目を丸くする。動きに合わせて、小さな丸い耳がピコピコと動いた。
思ってもいなかったことを聞かれた、という感じだろうか。
『我も、一緒に行って良いのか?』
「来てくれたら嬉しいです!」
これが夢でも死後の世界でも、一体、何がどうなるのかさっぱり分からないのだ。
必死に愛らしいもふもふ神獣に頼み込むと、丸いはしばみ色の瞳が暗い中でキラキラと輝きだした。
『し、仕方ない! お前みたいな十個や百個くらい馬鹿が前につきそうなお人好しには、邪悪な我が側についていてやった方が良かろう。よし、行くぞ!』
「はい! ……でも、一体どこに? 僕はもう、死んで……」
オルカが素朴な質問をしかけた時。
一気に夜闇は消え去り、ぼんやりとした橙色の明かりが灯る、静かで温かな室内にオルカはいた。
「ここは――僕の部屋?」
聖女の侍従に立候補し、選ばれたあの日まで家族と共に過ごした懐かしい家。
ずっと戻りたくても、帰ることは一度も許されなかった場所。
「そんな……これって、幻ですか⁈」
『ふはははは! 幻なんかではないぞ、オルカ。鏡を見てみよ!』
服をかけているクローゼットには備え付けの姿見があったはずだ。
思った通りの場所に姿見はあった。
そのことに安堵する間もなく、姿見に映った己の姿に、今度こそオルカは絶句した。
王宮で数年過ごしているうちに成長して、髪も背も伸びていった。それなのに姿見には、この家に住んでいた頃の、十五歳くらいの自分が姿見に映っているのだ。
そう。
死ぬ間際のオルカと同じではない、昔のオルカがそこにいる。
『うむ、良い反応だ。そう、お前があの選択をした日よりも前の過去に、我らはいる。まだ夜のようだからな、とりあえず寝た方が良いぞ。人間は寝る生き物だとノルがよく言われていたからな』
ホッとしたのもあるせいか、一気に眠気が押し寄せてくる。
「そう、ですね……。神獣さまも一緒に寝ませんか? ええと、そういえば神獣さまにもお名前はあるのですか」
『名前は……ない。みんなは神獣としか我のことを呼ばないし。ノルからも嫌われてしまったし……』
先ほどから神獣が繰り返す『ノル』が何なのか少し気にかかったけれど、すっかり眠くなってしまったオルカはそれを聞き流して、小さな神獣を抱え上げてみた。
「では、勝手ながらシュニー様ってお呼びしますね。雪みたいに真っ白でふわふわなので」
『名前! 我にもとうとう名前が⁈ うむ、まあオルカにならそう呼ばせてやっても良いぞ!』
抵抗や文句が来なかったことに――むしろ、なんだかとても喜んでいる雰囲気にオルカも嬉しくなる。
それからオルカは、自称・闇の神獣シュニーと一緒にベッドに横たわった。
(柔らかくて、あたたかい。なつかしいなあ……)
最後まで切望していた、戻りたかった場所。
実はまだあの雪原にいて、慈悲深い神が見せてくれた一夜の優しい夢なのかもしれない。
そうかもしれないと思ってもニコニコとしてしまうのを止められないまま、幸せな気持ちでオルカは眠りについた。
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